静奈の特に気にならない悩み

 ついに文化祭を数日後に控えることになった。

 龍一と静奈はクラスの出し物、つまり執事メイド喫茶の設営及び運営に関して積極的に参加し意見を出し合っている。

 クラスが一丸となって一つの出し物に関して取り組む姿は他のクラスにとっても刺激になっているらしく、学校全体で文化祭を良いものにしていこうという動きが見て取れた。


「……むぅ」


 そんな中、学校生活でも私生活でも充実した日々を送っている静奈は自宅のリビングで何かを考え込んでいた。

 ジッとテレビを見つめながら考えることは龍一のことで、彼が必死に取り返したあの箱のことが気になっていたのだ。


「……あんな風に取り返すことに一生懸命な龍一君は初めてだわ。明らかに私に見せたくないって感じがしたし」


 龍一はとにかくオープンな性格をしているのは今までの付き合いで身に沁みているのだが、あそこまで何かを隠す姿は初めてだった。

 別に重大な隠し事をしているわけではなさそうだが、本当に少しだけ静奈は彼の行動が気になってしまった。


「どうしたの?」

「実は……」


 静奈は龍一のことを咲枝に話した。


「ふ~ん、龍一君がね」

「……気にしすぎよね流石に。ふぅ、もう大丈夫よ」


 信じる信じないまではいかないが、龍一が話してくれることを待つ方が良いだろうと静奈は考えた。

 そう思えば不思議なものであまり気にならなくなり、先ほどまでの悩んでいたことが嘘のようだった。


「ふふ、ねえ静奈。来月誕生日だし、もしかしたらそれ関係かもね」

「……あ」


 確かに来月には静奈は誕生日を控えている。

 もしかしたら咲枝が言ったようにそれ関係であり、サプライズとして用意してくれたのだとしたらあそこまで必死に取り戻そうとしたのも理解できる。


「……まだ分からないけれど、そうなのかもね」


 そう考えると心が温かくなったものの、同時にそこまで気にしてしまったことに面倒な女だと静奈は笑った。

 しかしそうなると静奈としても龍一の誕生日については知っておきたい。

 本当ならもう少し早く知っておくべき情報のはずだが、あまりにも龍一との日々が幸せ過ぎて頭から完全に抜け落ちていた。


「この流れで本人に聞くとあれだし、千沙さんに聞こうかしら」


 取り敢えずそう決めた静奈はスッキリした気持ちで自室に戻った。

 部屋に戻った静奈はベッドに上がり、壁に背中を預けながらスマホを操作して写真のフォルダを呼び出す。


「……ふふっ♪」


 最近の彼女はよくこうやって寝る前に龍一との写真を見るのが日課だ。

 彼と積み上げてきた日々を写真という形に残すことで、いつでもこの写真はこの時のものだと思い出すことが出来る。

 当然、中にはいつぞやの恥ずかしい写真も残っているが……それももう今となっては思い出の一つとして笑うことが出来る。


「……本当に充実しているわね。まさか彼氏が出来るだけでこんなにも毎日が楽しくなるなんて思わなかったわ」


 それもこれも、全ては龍一が居てくれるからだと静奈は思う。

 彼女は本当にここまで一人の人間を好きになったことはなく、己の全てを差し出してもなお足りないほどの愛を抱くなど想像できなかった。


「龍一君は今何をやってるのかしら」


 そして写真を見ながら、龍一は何をやっているのかを想像するのだ。


「……夜に男の子が一人、それって……ううん、ないわね」


 夜の男が一人、エッチなものを眺めながら……というのを静奈は想像したが龍一がそういうことをしている光景がどうも想像できない。

 まあしたことがないわけではないだろうし、そういう大人向けのコンテンツも見たことはあるだろうが……今の龍一には想像できなかった。


「電話してみましょう」


 まあ寝る前に龍一との思い出を振り返るのもありだが、やっぱり直接声を聞くというのが一番だ。

 現在の時刻は十時前、おそらくまだ龍一は起きているはずだ。

 今日はバイトもないはずなのできっと大丈夫、そう思って静奈は龍一に電話を掛けるのだった。


「……出ないわね」


 何度かコール音を繰り返したが龍一は電話に出なかった。

 何かをしているのかもしれないし、もしかしたらもう眠ったかもしれないと思って静奈はスマホを枕元に置いた……その時だった。

 着信を知らせる音楽が流れ、静奈はすぐにまたスマホを手に取った。


「あ……ふふ♪」


 もちろん相手は龍一だ。


「もしもし、龍一君?」

『おう、悪いな出れなくて』

「ううん、そんなことないわ」


 それから静奈は龍一と話し込んだ。

 体育座りをしながら瞳を閉じ、しっかりと龍一の声を聴き取りながら話をしていると自然と口元が緩んでくるのを静奈は感じていた。


「執事の恰好をした龍一君、早く見たいわね」

『そうかぁ? なんか微妙な感じがするぜ』

「そうかしら。でもほら、私もメイド服を着るんだしおあいこよ」

『ま、それもそうだな。メイド服なんざ普段じゃ見ることもねえし、途中で抜け出してやるか?』


 そのやるかはもちろん突き合う行為のことだ。


「汚さない程度に頼むわね」


 彼女も彼女でかなり乗り気だった。

 学校のことと文化祭のことばかり話をするわけではなく、自然と話題は全く別のことに移った。


『なあ静奈、温泉って興味あるか?』

「う~ん、龍一君が傍に居るならどこでも興味あるわよ」


 龍一がそうかと笑い、こう言葉を続けた。


『実は今日沙月と外に飯を食いに出たんだが、その時にくじ引きをやっててな。それで沙月が面白がって引いたら温泉旅館の宿泊券が当たったんだよ』

「え? そうなの?」


 どうやら今日は沙月と夕飯を食べたらしく、その時に宿泊券を当てたらしい。

 それで二人でその温泉旅館に行かないか、そう龍一から提案がされ静奈はすぐに頷いた。


「もちろん行きたいわ。龍一君と二人での旅行ね!」

『早かったな。まあ時期的には冬だからまだまだ先だ』


 どれだけ後になったとしても静奈からすれば嬉しい以外の感情はない。

 そこに千沙や沙月、そして咲枝も一緒に居るならばもっと楽しくなるだろうが残念ながら二人分ということでそれは仕方ない。


『これとは別に何かの機会を作ってみんなで旅行に行くとしようぜ。俺もみんなと楽しみたいからな』

「そうね。それは私も同じ気持ちよ」


 でもまずは龍一と二人で楽しむことになりそうだと静奈は胸を躍らせた。

 それからも龍一と色んな話題で話し込み、気付けば時計の針は十二時……つまり日付が変わる瞬間だった。


「大分話し込んだわね」

『そうだな。お前の声を聴いてると止まらなくなる……好きだぞ静奈』

「っ……私も好きよ」


 不意な一撃はやめてほしいと思う反面、もっと言ってほしいと望むのも静奈の女としての喜びだ。


『夜更かしはお肌の天敵って言うからな。今日はここまでにしよう』

「分かったわ。また明日ね龍一君」

『おう、おやすみ』

「おやすみなさい」


 そうして電話は切れた。

 静奈は聞こえなくなった龍一の声に切なさを感じながらも、彼が口にしたようにまた学校に行けば会えるのだから少しの辛抱だと苦笑した。


「おやすみなさい……龍一君」


 まだ頭に残る彼の言葉に包まれながら静奈は眠りに就いた。

 そしてその夜、彼女はいち早く龍一と一緒に旅行する夢を見た。


『龍一君! 一緒に温泉行きましょう!』

『慌てるなよ。温泉は逃げねえって』

『私と龍一君が楽しむ時間は逃げていくの!!』


 まるで子供のように龍一の腕を引っ張る静奈、それだけその予定された旅行が待ちきれない証だろうか。

 龍一と静奈以外にも色んな利用客がおり、一瞬とはいえ龍一が目を向けるほどの美人な三人の女性が居たりと……そんな夢だった。


 まあとはいえ、あくまで温泉旅行はまだまだ先の話である。

 二人がまず迎えるべきイベントは文化祭、着実に準備が進みついにその日がやってくるのだった。


「良いじゃない二人とも!」

「……かっけえじゃん龍一」


 執事服に身を包み、髪型をオールバックに決めた龍一。

 ミニスカメイド服に身を包み、周りの視線を独占する静奈。


「……帰りてえ」

「ダメよ龍一君♪」


 そんな二人を囲むようにクラスメイトも集まり、彼らの二年生としての文化祭が幕を開けるのだった。

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