素晴らしい夏休み
花火大会の夜、静奈の提案に全員が頷いたことで龍一のアパートに彼女たちは集結した。
今までこのアパートに龍一を合わせて五人も集まることはなかったため、窮屈だったかと言われればその通りだった。
『お前らは俺を何だと思ってんだ……』
『良いじゃないの。さあ龍一君、覚悟を決めて♪』
それからはもう凄い時間だったのは言うまでもない。
誰が先に力尽きたのか、誰が最後まで意識を保っていたのかは野暮なので明言する必要もない。
そんな激しくも間違いなく幸せな夜を過ごした翌日、先に目を覚ましたのは静奈の母である咲枝だった。
「……っ……あ、そうか」
いつも目を覚ます場所ではないことに驚きはしたものの、昨夜の記憶はすぐに咲枝の脳裏に蘇った。
千沙ほどではなかったが酒が入っていたせいもあってか、実の娘たちに交じって龍一と体を重ねることに一切の抵抗はなかった。
『……私さ、自分の体に自信はあるし結構エッチだとは思ってたのよ』
『わ、私もおっぱいならそれなりに……はい』
『でも……これが大人の魅力ってやつなのね。凄いわぁ』
『はい……凄いです』
なんてやり取りをされていたような気がしないでもなかった。
若い娘たちに比べたらもうオバサンと呼ばれる年頃だが、下着姿の咲枝の体は瑞々しく若い彼女たちに負けてはいない。
「……ふわぁ」
大欠伸をしそうになり思わず手を当てた。
こうして目を覚ましたのはまだ咲枝だけで、龍一たちはまだ夢の中だ。
「……………」
「りゅういち……くぅん」
「……りゅういちぃ」
「りゅういちくん……すぅ」
微動だにせず寝相の良い龍一に比べて、周りの女の子たちは夢の中でも龍一に会っているのか彼の名を寝言のように口にしていた。
若いわねと微笑ましく思いながら、咲枝は龍一の住んでいる部屋を見渡す。
「……………」
男の子の部屋だ、それが素直な感想だった。
しかし、ずっとこの部屋に一人で居るというのも寂しいなと想像が出来てしまう。
咲枝にとって既に夫は亡くなってしまい残されたのは静奈だけだが、やはり身近な家族が傍に居るというのは安心出来る。
それは大人の咲枝でも変わることではなく、夫が居なくなってからというもの静奈の存在にどれだけ助けられたかもわからない。
「龍一君、あなたは本当に強い子よ」
たった一人で生きてきた龍一は本当に強いと咲枝は思った。
もちろん彼が抱えていた悲しみのようなものを僅かに察してはいたものの、彼のことを知れば知るほどよく耐えてきたと褒めてあげたい気持ちになる。
「……よいしょっと」
若い彼らが起きないようにゆっくりと咲枝は龍一の傍に近づいた。
下着姿の妖艶な女性が四つん這いで動く姿は間違いなく男の情欲を駆り立てるものだが、この部屋に居るのは龍一だけだし咲枝も彼以外の男にこのような無防備な姿を見せるつもりはない。
「龍一君、あなたが望むならいつだって家に来て良いのよ?」
以前に龍一に対して一緒に住まないかと提案したがそれは本気だった。
龍一の男らしさに惚れているのもあるが、一人の大人として親の愛を知らない彼を思う存分甘えさせてあげたかったのだ。
むしろこれからはもう一人の母のように思ってくれてもいい、龍一が望むなら本当の母になるつもりでもあった。
「でもその必要は無さそうね。龍一君はたくさんの愛に包まれているから」
咲枝が愛しているのはもちろんだが、正式に付き合っている静奈もそうだし千沙と沙月も龍一のことを心から想っている。
そんな多くの愛に包まれているからこそ、龍一は腐ることなく前を見据えることが出来ているのだ。
「……?」
「……よう」
っと、どうやら龍一が目を覚ましたみたいだ。
ちなみに今の構図は眠っている龍一を咲枝が四つん這いで見下ろしている……つまり味方によっては咲枝が龍一を襲おうとしているようにも見えた。
もちろんそうでないことは起きたばかりの龍一も分かっているので、彼は小さく笑って咲枝の体を思いっきり抱きしめた。
「龍一君?」
「しばらくこのままで居させてくれ……甘えさせてくれるんだろ?」
「あ……」
咲枝に甘えるように彼はその豊満な胸元に顔を埋め、まるで咲枝を逃がさないように足も絡めてくる。
いつもは決してここまで甘えるような素振りは見せないだけに、寝起きの龍一のこの仕草は咲枝の母性本能をこれでもかと刺激した。
「えぇ、たっぷり甘えてちょうだい」
ならば咲枝も龍一に応えるだけだと、彼に好きにさせることにした。
もちろん咲枝自身も龍一の温もりを強く感じるように、絶対に離さないと言わんばかりに彼の逞しい体を強く抱きしめるのだった。
「……流石母さんだわ」
「えぇ、流石は咲枝さんね」
「これが大人の包容力なんですね」
どうやら起きていたのは全員のようだ。
「それじゃあ龍一、またね」
「お先に失礼しますね」
時間は流れて昼過ぎ、お先にということで千沙と沙月が先に帰ることに。
送って行こうかと龍一は提案したが、千沙が沙月をマンションまで送るとのことで必要ないらしい。
まあまだ昼なので明るいし特に心配は要らないはずだ。
「お前たちはまだ居るのか?」
「えぇ。もう少し」
「静奈が残るなら私も」
美人親子はまだ残るらしく、彼女たちの家に比べれば汚い部屋の中でのんびりと各々の時間を楽しんでいる。
龍一としても一人で過ごすよりは全然良いので彼女たちが居てくれることに感謝しつつ、飲み物が欲しくなったので冷蔵庫を開けた。
「……良いもんだなぁこれ」
冷蔵庫の中には咲枝が作った料理がラップに包まれて保存されている。
以前に静奈が作ってくれた肉じゃがの咲枝バージョンだが、親子揃って料理が上手なこともあり大変美味しそうだった。
「それにしても目を開けた時はビックリしたわ。お母さんが四つん這いで龍一君に迫ってるんだもの」
「仕方ないでしょ。それだけ龍一君が可愛かったんだから」
「分かる!」
「でしょう?」
また始まったよと龍一は肩を竦めた。
龍一としては朝の目覚めに下着姿の美人を見れたのは嬉しいことだし、それが咲枝というのも素晴らしい光景だった。
周りに寝ていた他の三人も下着姿だったので、咲枝以外にも絶景は広がっていたわけだ。
「……マジで贅沢な日々だぜ」
だがまあ、それも良いモノだと龍一は人知れず笑った。
夏休みもそろそろ終わりになるわけだが、龍一にとって本当に充実した長期休暇なのは言うまでもない。
去年までと違って心の奥底まで満たされるような日々、もしかしたら揺れ戻しが起きるのではないかと不安になるもののビクビクしていても仕方ない。
「龍一君、体育祭の時とかたくさんお弁当作るからね。楽しみにしてて」
「おう」
まだまだ楽しみは終わりというより、龍一にとって本当に充実した日々は更にこれからなのかもしれない。
それから二人を家まで送り、泊まっていかないかと魅力的なお誘いをされたが断った。
「ちと買い物に行くか」
真っ直ぐに帰らず、街に向かって龍一は歩き出した。
昨夜の花火大会の余韻は既になく、いつも通りの日々が戻ってきていた。
「……うん?」
そんな中、龍一はなんとも珍しい組み合わせの二人を見つけた。
目に留まったのは二人の男女で、一人は真ともう一人はいつぞや見た眼鏡を掛けた女の子だった。
「何してんだ?」
あの時は真がナンパをしたものの、彼氏持ちだからと止めた女の子と一緒に居るのはどういうことか……龍一には全く分からない。
真はいつも通りの様子だが、女の子は嬉しそうに微笑みながら真に話しかけており、彼女の方に真に対する好意があるのは一目瞭然だった。
「まさかあいつ……やったのか?」
まさか龍一がそう言う立場になるとは思っておらず、彼らの背中をただただ見つめ続け結局興味はそこまでだったので視線を外した。
「まあ良いか。買い物だ買い物」
こうして、彼にとって素晴らしい夏休みは終わりを迎えた。
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