夏のイベントはやっぱりこれもある

 夏休みももうすぐ終わりだ。

 龍一にとって色々なことがあった夏休みと言っても過言ではなく、同時に改めて身の回りで傍に居てくれる大切な存在と向き合う瞬間でもあった。


『愛してるわ』


 その声は静奈でも千沙でも沙月でも、ましてや咲枝でもない声だ。

 龍一が龍一として意志を持つ前の自分、前世で彼を愛していた母親の声……もちろんそれだけでなく、父親も彼のことを愛していた。


「……そうだな。確かに俺は龍一だ。けど……龍一であってあの二人の息子でもあるんだ。辛いばかりの記憶じゃない」


 そもそもの話、このガタイの良い男がいつまでも辛い記憶だからと言ってウジウジしているのも恰好が付かない話なのだ。

 それに、今日は龍一が知り合ったみんなで出掛けている日でもあるのだから。


「美味いわねやっぱり」

「千沙さん、あまり飲み過ぎないように」


 目の前で椅子に座りながらビールを飲む千沙と、そんな千沙が無理をしないようにと見張る沙月の姿だ。

 そして龍一のすぐ傍には静奈が控え、千沙ほどではないが咲枝もビールを飲んでいた。


「龍一君はこうして花火大会に来るのは久しぶりなの?」


 静奈に問われて龍一は頷いた。

 今日は夏を締めくくる花火大会の日でもあるので、せっかくだからとみんなで街に出掛けることにしたのだ。

 街に出れば見れるということもあって幼い頃は良く一人で出掛けたものだが、こうして誰かと花火を眺めるために外に出たのは初めてだった。


「龍一のことだし花火を見に来るのはついでで良さげな子を探したりでしょ?」

「……………」


 そんなことはない、とは言えなかった。

 千沙が言ったように去年もこの時期に外に出たが、その時は真や要と一緒に一夜限りの出会いを求めて女を探していたからだ。

 相手が見つかればいい感じに口説いて花火なんかはそっちのけ、ホテルで甘い夜を過ごして帰るというのが常だった。


「今年は私たちが居るから必要ないわよね」


 腕を組みながら静奈にそう言われ、龍一はそうだなと頷いた。

 まあ仮に今年のこの時期を一人で過ごすことになったとしてもナンパをするつもりは当然ないので心配は要らないのだが、よくよく考えれば何とも爛れた夏を過ごしていたなと今との違いに感慨深くなる。


「最近、何かあったの?」

「え?」


 何かあったのか、そう聞いたのは咲枝だった。

 特に何かあったわけではないのだが、明確は何かといえば夢の中での家族との再会だったので自信を持って話せる内容でもない。


「……ま、少し気持ちの整理が出来たんだよ」

「そう、龍一君が笑っているのならきっと良かったことなのね」


 クスッと微笑んだ咲枝に続くように、他の三人も龍一を見つめて微笑んでいた。

 龍一としてはこうやって見つめられることに嬉しさはあるが、若干の気恥ずかしさを誤魔化すために頬を掻いた。


「……なんつうか、少し前とは全然違うよな」

「そうよねぇ。少なくとも去年のアンタだったらこんな風に花火を見ようとはせず、あたしたち全員を連れて帰って食い散らかしてる頃だし」

「そ、そんなに積極的だったんですか?」


 沙月に千沙は頷いた。

 それから龍一が言葉を挟む間もなく、かつての龍一のことを千沙は全員に語っていくのだが、そのどれもが当たっているので否定も出来ない。


「積極的ってのはちょい違うだろ」

「……ですが、その相手が龍一君なら私は喜んで付いて行きますけど」

「昔の龍一でも?」

「はい」


 沙月は迷うことなく頷いた。

 とはいえ、どうやらそれは静奈も同じらしく沙月に負けないことを意識しているのかブンブンと凄い勢いで頷いている。


「昔の俺はやめとけ」

「え?」

「どうして?」


 どうしてかと言われ、龍一はごく自然にこう言葉にした。


「昔の俺と今の俺は間違いなく同じだ……けど、静奈たちと触れ合って変わった今の俺の方が俺は好きなんだよどっちかっつうとな。だからまあ、昔の俺よりも今の俺の傍に居てほしい……的な感じか?」


 上手く言葉に出来た自信はないが、彼女たちに意図は伝わっただろう。


「……アンタ、本当に変わったわよね。うんうん、昔も全然良いけど今のアンタは本当に良い子になったわ」


 良い男ではなく良い子だと口にしたのは龍一が年下だからだろうか。

 沙月はまだ龍一との時間が短いので目を丸くしているだけだが、一番の年長者である咲枝に至っては腕を伸ばして龍一の頭を撫でてきた。


「初めて会った時の龍一君もそれは素敵よ凄く。けど今の龍一君は素敵だし可愛いって感じかしら」

「あ、それですよ咲枝さん!」


 可愛いは止めろと弱弱しく龍一は撫でられる手を払った。

 こうなると照れてやんのと揶揄われるのは必然で、龍一は千紗や咲枝と言った大人組から隠れるように静奈と沙月の背に隠れた。


「ったく、子供扱いしやがって」

「まあ高校生ですし、私からしても似たようなものですよ?」

「お前もか沙月!」


 やはり味方は同い年の静奈しか居ないようだ。


「……可愛いわよ龍一君」

「……………」


 龍一、胸を押さえて再び下を向くのだった。

 まだまだ花火が打ち上がるには早い時間だが、周りには多くの人が集まっており騒がしいのは当然として、やはり龍一に傍に集まった美女たち四人は多くの視線を集めている。

 もしも彼女たちが龍一と親しそうにしていなければ、いのいちばんに声を掛けられるであろうことが容易に想像できる。


(……全員浴衣が本当に似合ってやがる)


 夏の風物詩とも言えるのか、四人ともそれぞれ違う色の浴衣を着ている。

 静奈は青、千沙は赤と白、沙月は白、咲枝は薄い赤、それぞれ花柄の可愛らしい模様が印象的で彼女たちの美しさも惹きたてていた。

 千沙は酒がそれなりに回っているのか胸元をはだけさせているものの、龍一にしか見えないようにしているあたり流石としか言えない。


「あ、そろそろ始まるわね」

「みたいね」


 周りが静かになったと思ったら、音を立てて花火が空に上がった。

 バーンと大きな音を立てて空に大輪が咲き、龍一たちの居る場所を明るく照らしていく。

 テレビなどの映像ではなく、こうして自分の目で花火をしっかりと見たのは本当に龍一は久しぶりだ。


「……綺麗だな」


 素直にそんな感想が出た。

 美しい光景を目にしていると気分が落ち着き、心が穏やかになるのか龍一は柔らかな笑みを浮かべている。

 雰囲気に充てられたのか、静奈と沙月がそれぞれ龍一の腕を抱くようにして身を寄せてきた。


「……はは」

「ふふっ」

「えへへ♪」


 ちなみに、こうしたイベントなので街中でクラスメイトをかなり見た。

 それぞれ友人同士で来ているらしく、龍一と静奈はともかく他の三人との関係性は知らないので妙に不思議そうに見られていた。

 静奈が常に傍に居たので怪しげな関係だと思われることはなかったみたいだが、さぞ彼らからすれば龍一の姿は羨ましく見えたことだろう。


「今年の夏休みももうすぐ終わりか」

「そうねぇ……あ、そうだわ」


 ポンと静奈が手を叩いた。

 まだまだ花火が打ち上がり続けているので音が響いている中、確かに静奈の提案は龍一たち全員に聞こえるのだった。


「今日はみんなでこの後龍一君の家に集まりませんか? こうやってみんなで集まったんですから、最高の思い出を最後に作りましょう♪」

「あら、良いわね!」

「やりました!」

「あらあら、なら私は帰り――」

「お母さん? お母さんも来るのよ?」


 どうしようかしら、そんな視線を咲枝に向けられ龍一はこうなった静奈は止まらないだろうと頷いた。

 どうやらこの後、更に暑い夜が待っているらしい。

 この関係性は龍一たちだけしか知らず、かといって誰かに話せるようなものでもない。

 だが、それぞれがこの関係を受け止めているのだから誰も文句は言えないのだ。


(……くくっ、本当に色々と変わっちまったな。でも悪くはねえ……どんな形にせよ俺は幸せだからよ。だから安心してくれな)


 もうあんな風に夢に誘わなくても大丈夫だと、龍一は空を見上げて笑った。

 届いたかどうかは分からない、しかし龍一に答えるようにキラリと流れ星のようなものが空に光るのだった。




【あとがき】


コミカライズの件で多くのお言葉ありがとうございます。

本当に嬉しかったです。

まだまだ出せることではないのですが、自分は龍一と静奈のデザインは既に目にしています!

パッと見てこれは龍一だわ、これは静奈だわと思ったくらいなので楽しみにしてくださると嬉しいです。

完成まで長いですが、気長にお待ちいただけると幸いです。

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