致命的なまでに噛み合わない

「なあ龍一、そろそろゴールデンウィークだけど予定は?」

「……特には考えてねえけど」


 四月ももうすぐ終わりを迎え五月がやって来る。五月になると毎年恒例の大型連休がやってくるわけだが、龍一には一切予定は入っていない。今までは真たちと一緒にナンパや大人の店に入り浸っていたようなものだが今年はどうするか、少しばかり考えて龍一は口を開いた。


「……久しぶりに行ってみるか」

「お、行くか?」


 以前に誘われたが結局行くことがなかった定期的に開かれるパーティ、久しぶりに顔を出すのも悪くないと龍一は考えたのだ。


「ちょうど連休前にあるなぁ。よし、そんじゃあ行くとすっか」


 そう言ったのは真と共に傍に来ていた黒沢くろさわかなめ、以前に静奈に手を触れようとした男子だ。龍一や真と同じく不良として扱われる生徒だが、まあ根っこは悪くない男子である。


「予定は空けとくさ。ま、気分が乗らなけりゃすぐに帰るぜ」

「了解」

「ういうい。いやぁ楽しみだぜ」


 それから要はトイレに行ってくると言って教室を出ていった。

 真と二人になったが、友人ということもあって会話は捗っていた。そんな中、少し視線を感じたのでそちらに目を向けると案の定静奈と目が合った。友人たちと話をしていたようだが、その友人たちと揃って龍一を見ていたのである。


「……ったく」


 ジッと見つめてくる静奈とニヤニヤしながら見てくる友人たち、龍一がガシッと頭を掻いて手を上げると静奈は嬉しそうに微笑み、そんな静奈の肩を小突くように友人たちがはしゃいでいた。


「なあ龍一」

「あん?」

「竜胆の首に付いてるチョーカーはお前が?」


 龍一は頷いた。

 静奈の首に付けられた黒いそれはチョーカーだ。近くで見ると分かるが花の模様が描かれており中々にオシャレな一品であり、真の指摘通り龍一が彼女に買って渡したものでもある。


「ま、あいつが欲しいって言ったからな」


 前に静奈と二人で出掛けた時、お弁当などのお礼を込めて龍一は彼女にそこそこの値段がするぬいぐるみをプレゼントした。それだけで終わると思ったのだが、ふと立ち寄った店でチョーカーを彼女は見ていたのだ。


『どうした?』

『え? あぁうん……こういうのも良いなって思ったの。なんかこう、首輪みたいで私は龍一君のモノだって思えるから……っ、私ったら何言ってるのかしら』


 チョーカーも言ってしまえばファッションの一つだが、確かに首輪のようだと言う人も居るだろう。買った時に彼女は目を丸くしながらも、すぐに嬉しそうに胸に抱いて喜んでいた。


「まさか学校に付けてくるとは思わなかったがな」

「ま、別に良いんじゃね? 勘付く奴は居るかもしれんが、あれはあれでファッションにしか見えねえだろうし」


 良い女というのは基本的に何を身に着けても似合う。限度はあるだろうがあのチョーカーは静奈にとても似合っていた。こうしてる間にも、大切な物に触れるようにチョーカーに指を当てている。意識しているわけではなさそうなので、本当に心の底から大切だと思っているのだろう。


「それで、あっちには何かしたのかよ」

「……さてな。何かあったと言えばあったが」

「だろうな。ははっ、随分嫌われたようで」


 真がチラッと見たのは宗平だ。

 あの時から数日が経ったわけだが、おそらく宗平は龍一が腕に抱いていた女を静奈と気付いてはいない。静奈からも特に聞いてないので彼はまだあの時の真実を知らないはずだ。


「……良い女を手にしてると、その女を好く相手に対して優越感のようなものを抱くのも困りものだな」

「別に良いんじゃねえか? むしろ堂々としてて良いと思うぜ。付き合ってるとかならともかくそうじゃねえんだろ? なら龍一が気にすることは何もねえよ」

「そう……だな。くくっ、珍しく俺に優しいな」

「いつだって友には優しいのが俺だぜ?」


 どの口が言うんだよと思って龍一は笑った。

 こうして真と話をしている中も、宗平はまるで親の仇でも見るような目を龍一に向けていた。心当たりはあるがこれだと断言できるものは分からない、そもそも彼とはあれ以降一切話をしていないのだから。


「……ま、どうでもいいか」

「気にすんな」


 それから宗平から視線を外した。

 放課後になり、龍一は静奈と落ち合って下校していた。


「なあ静奈、お前あいつに何か言ったか?」

「あいつ? あぁもしかして宗平君のこと?」

「あぁ」


 龍一が頷くと静奈は話してくれた。

 特に宗平に対して何かを思っているわけでもなさそうだが、彼女の瞳からは僅かながらに怒りの感情が読み取れた。


「好き勝手言われたのよ。龍一君と話すのはやめろ、龍一君と関わるのはやめろ、龍一君は如何わしい店に行って如何にも尻の軽そうな女を持ち帰るような奴なんだってね」

「ふ~ん」


 どうやら龍一の知らないところで結構ハッキリと静奈に対して宗平は言っているようだ。だがそこで初めて何故宗平があそこまで睨んでいたのか全貌が見えた。つまり静奈は何か言い返したのだろう。


「まあそれで、私も最初は自制していたんだけどね……最後には耐え切れなくなって宗平君のことは嫌い、だから二度と来ないでって言ったのよ。ついでに話しかけるなともね」

「ハッキリ言ったんだな」

「もちろんでしょ。自分が好きな人をそこまで言われて我慢できるほど私は堪え性がある方じゃないわ」


 真剣な様子でその瞳に龍一を写しながら静奈はそう言った。


「……そうか」


 どうしてそこまで強く真剣に言えるのか、それを龍一は分からなかった。他人の為に何故そこまで考えられるのか、好きだからとそれだけでそこまで他人のことを考えられるのかと純粋な疑問だった。


「静奈は……」

「どうしたの?」


 彼女の瞳が龍一を射抜く。

 汚れのない綺麗な瞳、どこまでも真っ直ぐで光を宿した美しい瞳だ。考え方によっては既にその身は龍一の手によって染まっている。それでもなお輝きを失わない彼女の姿は本当に眩しかった。


「本当に良い女だよ静奈は」

「そう思ってくれるのなら龍一君のおかげね。龍一君が私をこんな風に変えたの。だから私は龍一君にそう言ってもらえる女になれたんだわ♪」


 心の底からの笑顔を浮かべて静奈はそう言った。

 ドクンと、龍一の心臓が大きく跳ねる。どこまでも真っ直ぐで、どこまで龍一を想う彼女の姿に自然と手が伸びた。白くすべすべな頬に手を伸ばすと、彼女は龍一の手の感触を求めるようにスリスリと頬を擦り付ける。まるで動物のような可愛らしい静奈の姿にクスッと笑みが零れた。


 それから二人揃って夕陽に染まる道を歩く。

 静奈の家が見えてきたところで何かに気付いたのか静奈が龍一の手を取った。


「どうした?」

「こっちよ」


 静奈に引っ張られるように曲がり角に体を隠す。どうしたのかと思っていると、静奈が家の方に指を向けた。そこには咲枝と話をする宗平の姿があった。必死に身振り手振りで何かを伝えようとする宗平と、頬に手を当ててそれをどうでも良さそうに聞くだけの咲枝の姿……静奈は大きなため息を吐いた。


「お母さんにまで話してるのね……無駄なことをするのねは」


 ついに宗平君からあの人へと変わった瞬間だった。

 宗平にとっては悪い人間と関わる静奈を想っての行動、それは正しく幼馴染としてあるべき姿なのかもしれない。間違ってはいない、確かに間違ってはいないのだが圧倒的に彼は全てを分かっていない。


「私もお母さんも龍一君のことを好いているのに……滑稽な姿だわ」


 吐き捨てるような静奈の言葉だ。

 そもそもの話、静奈も咲枝も龍一に無理やり襲われたりしたわけではない。彼女たちは自ら望んで龍一に体を差し出し気持ちも育んだ。傍から見れば分からなくても、ちゃんと気持ちという大前提がそこには存在しているのだ。


「あいつからすれば善意……独り善がりかもしれんがな。だからこそ、静奈が言い返せば言い返すだけなんで分かってくれないんだってなるんだろ。原因は俺だが、まあ何ともめんどくさい幼馴染を持ったな?」

「龍一君は原因なんかじゃなくてきっかけでしょ。原因は私だわ」


 ある意味静奈の言葉も間違ってはいなかった。

 あまりにも噛み合わない宗平の姿を見つめながら龍一は考えることがある。この世界は龍一が知っていた漫画の世界、そこに存在する人間も何も変わりはしない。しかしこうして自分が意思を持って存在しているのに、どこまでも漫画の世界だからと気に掛ける必要があるのかということだ。


「……………」


 実を言えばもうあまり気にはしていない。元々の龍一の性格が細かいことを気にしないからなのかは分からないが、言い方が悪いがもう心底どうでも良かった。生きているのならその人生を楽しんだもの勝ちだと思えるからだ。


「静奈」

「あ♪」


 傍に居る静奈の肩に手を置いた。

 一瞬で宗平を見つめる厳しい目を一変させた静奈は龍一を見上げた。


「お前は俺だけの女だ」

『お前は俺だけの物だ』


 どこかで聞いたような声が重なった。


「えぇ! もちろんだわ♪」

『えぇ。もちろんだわぁ♪』


 そして静奈の返答もまた、記憶の中にある言葉と繋がった。

 おそらく近いうちに何かが分かりやすく変化を齎す。それを龍一は明確に予感するのだった。




【あとがき】


彼とは近いうちに決着します。

それが一章の終わりか、全体的に上手い具合に纏まるかのどっちかです。


まあとにかく最後まで、静奈の堕ちはするものの輝きを失わないキャラというのは一貫して書きたいですね。

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