あまりにも甘い夜の一幕

 龍一とのデートを終え、彼が静奈の家にやって来た夜のことだ。あれから咲枝も交えて夕飯を済ませた後、部屋に二人で戻り蜜のように甘い時間を過ごした。二度目ということもあって体は解れており、最初の時よりも遠慮がなくなった龍一に体を蹂躙された。


『最初の時も言ったが辛くなったらすぐに言えよ?』


 遠慮がなくなったとはいえ、龍一が静奈のことを気に掛けるのは変わらなかった。その優しさに浸りながらも、静奈は与えられる愛を一身に受けた。それは本当に幸せな時間だった……望めるならば、永遠にこの時間が続いてほしいとさえ思うほどに。


「……龍一君♪」


 静奈の見つめる先には龍一が眠っている。さっきまで静奈のベッドで二人揃って眠っていたのだが、つい喉が渇いて静奈が目を覚ましたのである。厳つい顔つきは変わらないが、こうして眠っている姿は年相応に可愛らしい。


「良いわねこういうのも。好きな人と愛し合えることも素敵だし、一緒のベッドで眠るのも素敵……こうして寝顔を眺めるのも素敵以外の言葉が見つからないわ」


 これ以上の関係なんて望めるわけもない、しかし龍一の唯一になりたいという気持ちは確かにある。たとえ特別な関係になれなくても、静奈はもう龍一から離れるという考えには至れない。既にそれだけ龍一の存在が静奈の中で大きくなっていた。関係としては不純だろうし、過去の自分に今の静奈を見せたらそれはもう驚いて腰を抜かすかもしれない。


「そうだわ。お水」


 喉が渇いていたのを思い出し、静奈は部屋を出てリビングに向かった。

 その途中に咲枝の部屋の扉が僅かに開いており明かりが漏れていたので、どうやらまだ咲枝はに浸っているようだ。


「ふふ、娘としては不思議と複雑でもないのよね。やっぱりどんな形でもお母さんが幸せな顔をしているのを見るのは嬉しいことだわ」


 彼女の言葉が何を指すのか、それは容易に想像できることでもある。

 元々龍一が泊まることは咲枝にも伝わっていたが、やはり咲枝も龍一との思い出は忘れられない一瞬だったみたいだ。以前は必死に我慢したらしいが、今回は静奈でも気付くほどに咲枝は龍一を意識していたのだから。


『静奈が良いなら俺は構わねえがな』

『大丈夫よ。お母さん、そんなところで寂しいでしょ? 入ってきたら?』


 ガタンと、大きな音を立てるように扉越しの咲枝がビックリしたことは申し訳ないが静奈は笑ってしまった。まあ何はともあれ、自分たちが納得し満足しているのだからそれで良いのだと静奈は考えている。


「……はぁ美味しい♪」


 冷たい水が喉を通り、渇いていた喉を潤していく。喉に張り付いていた僅かな粘り気も取れるように食道を通って胃まで進んでいった。それが少しだけ寂しい気もするが、自分の体のもっと奥の方へ来たような気がして静奈は笑みを浮かべた。


「……本当に素敵♪ 龍一君……龍一君っ♪」


 気を抜けばすぐに龍一の名前を呟いてしまう。

 大きな背中で守ってくれる彼も素敵だ。大きな体で静奈を組み敷く彼も素敵だ。気遣ってくれる彼も、荒々しく体を求めてくれる彼も全てが大好きでたまらない。


「私って本当にドМって奴なのね」


 それは龍一に指摘され、同時に体を重ねることで気付けたことだ。

 どんなに恥ずかしい姿でも彼の前なら晒すことが出来る。他の人に知られるのは絶対に嫌だが、それを引きずり出してくれるのが龍一なら静奈は幸せだ。他ならぬ龍一の手によって暴かれたのだから、いくらでも恥ずかしい自分を好きになれるのだ。


「……お母さんに見られたのは流石に恥ずかしいけれど」


 それはまあ仕方ないことか、そう苦笑して静奈は部屋に戻るのだった。

 ゆっくりと扉を開けて中に入ると、当然のように龍一は眠っていた。学校では悪童と言われ、不良の名を欲しいままにしている龍一だが寝相は綺麗とても綺麗だ。毛布を蹴っ飛ばしたりせずに大人しく仰向けの状態で眠っている。


「まさか、誰かと一緒に寝る夜がこんなにも幸せだなんて思わなかったわね」


 静奈の枕は龍一が使っているが、静奈はというと龍一の太い腕を枕にしていた。腕枕をしてもらった状態で彼の方に体を向け、彼の力強い肉体と雄の香りに包まれて眠ることの幸せを知った。


「……はぁ♪」


 あまりにも満たされる瞬間、これは癖になると静奈は甘い吐息を零す。

 こうして龍一の寝顔を眺めているのもそれはそれで幸せだが、やっぱり彼の傍で眠るのが幸せだと静奈は思う。早くその温もりに戻ろうとした時、彼女は自分のスマホがチカチカと光っているのを見た。


「何かしら」


 スマホを手に取って操作すると、宗平からメッセージが来ていることが分かった。

 その瞬間、静奈は分かりやすいくらいに不機嫌な様子になった。思い出すのは龍一と街に出ていた際に出会ったことだ。変装した静奈に宗平は気付かず、静奈が傍に居るというのに龍一に突っかかろうとしたことは許せなかった。


「……………」


 メッセージを見てみると、そこに書かれているのは龍一に対することだった。まだ学生の身なのに如何わしい店から出てきたこと、派手で尻の軽そうな女を連れていたこと、彼女を抱くと言っていたから静奈もやっぱり気を付けた方が良いと伝えるメッセージだった。


「ふふ……あはははっ」


 つい笑ってしまった。

 宗平はきっと静奈を心配しての言葉だろうが、誰もそれを望んではいないしそもそもその尻の軽そうな女は静奈自身なのだ。ここまで嚙み合わない会話も気分が良いわけではないが面白かった。


「ま、どうでも良いけれど」


 自分でも不思議なほど、既に彼への気持ちはなかった。

 街で出会った時、好き勝手に龍一に言葉を吐きかける彼の姿は気に入らなかった。確かに僅かにでも怒りは感じていたはずだ……けれど、体に龍一の腕が回り胸を揉まれた瞬間に静奈は龍一のことしか考えられなかった。怒りも羞恥も綺麗に洗い流され龍一のことしか目に入らなかった。


「私、本当にどれだけ龍一君のことが好きなの? ねえ静奈」


 改めて自分に静奈は問いかけた。

 気持ちだけでなく、体すらも龍一に絡め取られるように夢中にされた。だが決して盲目になるわけではなく、静奈の意志はちゃんと輝きを放っている。龍一との愛に溺れるのは素晴らしいことだが、彼に言われたことはどこまでも脳裏に刻まれている。


「私らしい色で、私だけの色で龍一君に寄り添う……か」


 汚れぬ色、どこまでも静奈自身の色と輝きを持って龍一の傍に居ること。それが静奈の望むこと、外から誰も介入することの出来ない絶対の想いだった。


「どうしたよ」

「えっ!?」


 スマホを手に色々と考えていたが、聞こえることない声にビクッと肩を静奈は震わせた。眠っていたはずの龍一が目を覚まし静奈を見つめていたのだ。


「ごめんなさい、起こしてしまったかしら」

「近くにあるはずの温もりがなくて寂しかった……は冗談だがな」

「もう、そこは素直に寂しいって言ってよ」


 悪い悪いと龍一は笑った。

 そして今もう一つ気付いたこと、それは寝る前と起きた後の龍一は笑顔が増えるということだ。獰猛さを滲ませる笑みも静奈の好みだが、こんな風に歯を見せてニッと笑う姿も好きだった……好きになった。


「来いよ。腕が寂しいだろうが」

「うん♪」


 そんな風に言われたら静奈としてもたまらない、すぐに龍一の腕に抱かれたいと思ってベッドに上がった。スマホを机に置き、宗平のメッセージを見ていたことは綺麗に忘れて龍一の元へ。


「やっぱり良いわこれが」

「くくっ、可愛いぜ静奈」

「っ……当然よ。龍一君に愛されてるんだから♪」


 恥ずかしさを堪えるように、せめてもの静奈の抵抗だった。

 龍一は一瞬目を丸くしたがすぐにニヤリと笑って更に強く静奈を抱きしめる。龍一の体に身を寄せた影響もあるが、パジャマのボタンが上から二つほど外れているのでその豊かな胸元が見えている。あまりにもいやらしい静奈の姿だが、流石に龍一も今は手を出さないみたいだ。


「スマホを手に何かしてたみたいだがどうした?」

「え? ……あぁ大したことじゃないわ。どうでもいいことだし」

「そうか。さてと、それじゃあ眠くなるまで静奈の体を堪能するか」

「あら、良いわよ?」


 龍一が望むならいくらでも、そんな様子の静奈だった。龍一は静奈の首に顔を埋め香りを嗅ぐように鼻を鳴らす。くすぐったさに漏れ出す声と身を捩る静奈だが、あくまで龍一の好きなようにさせるのだった。


「ねえ龍一君」

「なんだ?」

「私ね、本当に幸せなの。ありがとう龍一君、私に愛を刻んでくれて」

「……そんな風に言われるとは思わなかったな」


 きょとんとした様子の龍一の顔、それを見て静奈は面白そうに笑った。

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