第49話小田原城兵糧攻め2




小田原城から町人やお百姓が逃げ出して来るようになった。

子供や女は、特にやつれた姿だった。

どうやら意図的に逃がしている。


食糧が尽きかけている証拠しょうこだった。


与えられた飯や漬物を、両手で掴み口に入れては咳き込みながら食っている。

そして味噌汁を一気飲みして、またも喰らっている。

幼子などは、噛む力もないのか母親から口移しで食べさせて貰っている。

老人は一口食べて、涙を流す始末だった。



落ち着いた頃に、ポツリポツリと証言をするようになった。

中では雑草をゆでて食べるようになっていた。

その雑草も無くなり、ひもじい日々を過ごした。

馬や牛も、既に食べ尽くされていた。

逃げてきた者の証言は、皆が一致している。



この時代の兵糧は、荷車にぐるまで運ぶか現地で略奪りゃくだつのどっちかで、それとも両方をしていた。

なので兵糧が少なくなれば、国に帰ってしまうのが当り前であった。

今まで小田原城の兵糧攻めも20日か1ヶ月が限界だった。


しかし、今回は違っていた。

すでに2ヶ月に入ろうとしている。




そして、小田原城でカラスの大群が「カーア、カーア、カーア」と鳴いている。

日増しに増えるカラス達。




俺は、小田原城を眺めていた。


「見張り台からの報告はどうなっている」


「何も報告することもないと言ってます」


「そうか、中ではどんな地獄になっているのだろう」


「忍者隊に調べさせますか?」


「いや、そのままでいい。雪斎殿が放置することを決めたのだ。なのでそのままでいい」



風魔一族の里は、雪斎が率いる軍勢で皆殺しにあっている。

なので北条側は、一切の情報が無いままなのだ。




逃げ出す者がいなくなってから、1ヶ月が経過した頃だった。

門がゆっくりと開き、やつれた男が出てきた。

1人が出てくると、次から次ぎと出て来た。

その足取りは、ふらつきながらゆっくりと歩いている。


門は開いたまま閉まる気配も無かった。

中には倒れて動かない者もいる。


警戒しながら駆け寄ると、凄くやつれた男がかすれる声で発した。


「飯を喰わしてくれ」


門の中に入ると、そこらかしこに倒れている。




俺は言い放った。


「おかゆをゆっくりと食わせろ。急に沢山食わすなよーー」


そんな俺に、山田のおっさんは疑問に思ったのか、質問をしてきた。


「殿、なぜ鱈腹たらふく食わせないのですか・・・」


「長時間、絶食にさらされた為に極端な栄養不良に体がなっているんだ。そこに急に多量の栄養を取った場合は、体の変調が現れてしまう。最悪の場合は、不整脈や心停止を引き起こすこともあり得るんだ」


「死に至るのですか・・・」


山田のおっさんも、医療隊と日頃から接して色々と聞いていた。

それで、なんとなく理解したようだ。



次々と城内に踏み入った。

大広間では、異常な光景が広がっていた。

北条の主立った者が、今もなお議論していたのだ。

顔の色も異常な色で、目の下にはクマが発生している。

すでに思考が麻痺しているようだった。


武田信玄は、怒鳴った。


「この愚か者が!!それでも上に立つ者なら、それらしき振る舞いがあるだろう」


その声を聞き正気に戻ったのか、北条氏康ほうじょううじやすは腹を切った。

かたわらにいた武士がすくっと立上がると、刀で首をねていた。

皮1枚を残した為に、頭部を自分自身で抱え込むような姿だった。


誰も止めることは出来なかった。




俺はその事を後で聞いた。

腹を切っただけだと、中々死ねないのだ。

ただ苦しいだけで、失血死で死ぬまで苦しむのが当り前だった。

だからその苦しみを終わらせる、介錯人かいしゃくにんが首を刎ねてとどめをさす必要があった。




上杉謙信や様々な大名の当主が、小田原城に入ってその惨状さんじょうを見てきた。

島津義弘などは、昨日ようやく到着したばかりだった。

なので今起きていることに頭が付いてゆかない。

そして見てはいけない物まで見てしまった。

すみっこで嘔吐を繰り返しては、泣くしかなかった。

島津家の家臣が、寄り添って介抱している場面は痛々しい。



遺体を突っつくカラスを、弓で射って殺している。


「惨いな、こんなになるまで何を守っていたのだ」


それぞれの当主は、その光景を見て深く考え込むのだった。



今川氏の財力や実力を、じかに接してしまい思うことが一杯あったのだ。

そして、ここの参上した大名は、領地の安堵を約束されたのだ。


「国へ帰るか・・・」


そして、各々の国へ帰ってゆく。



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