24 幕間:忍び寄る脅威

 ある朝、ルーツは家でよそ行きの服を着飾っていた。個人で持っていたものではなく、村人から借りたものだ。


「あら、あんたも良い男になったわねぇ」

「何か逆にバカにされている気がするなぁ」

「称賛は素直に受け取りなさいよ、可愛くないわね! ま、とにかく行ってらっしゃいな」

「ああ、ありがと、母さん」

 ルーツはそのまま家を出て、村の中央の広場に向かった。服装をバッチリ決めているので、村人も寄ってくる。


「結婚式に参列するんだっけか」

「マーリの街の貴族さんよね。いいわねぇ、私も見てみたいわぁ」

 ルーツがあれこれ話しかけられていると、共に結婚式に参列するグスタフがルーツに合流した。


「おはよう、グスタフさん」

「おう、ルーツ。良い格好じゃないか。サナ様はまだ来てないのか? 行くんだろ?」

「すぐ来ると思うけど」

「お待たせ、二人とも」

 ルーツが振り返ると、結婚式参列のためドレスを着たサナがいた。祭りの時の衣装のような神秘さとは違うし、主役を食うようなものではない落ち着いた雰囲気ではあったが、微妙に空いている胸元や、歩くと見えてしまう素足に、ルーツの目がチラチラと行ってしまう。


(うわ、めっちゃ綺麗……)

 ルーツは呆けたまま固まってしまった。グスタフは大人の余裕でサナを褒めているようだったが、ルーツの耳には入っていなかった。


「ルーツ、行くよ?」

「え!? いや、その……」

 サナに接近され、化粧が決まっていつにも増して綺麗な顔もよく見え、ルーツはますます思考停止になってしまう。


「凄い綺麗、サナ……。今日の式で一番綺麗なんじゃないか」

 しかし、何とか頭を動かし言葉を発した。語彙もクソも無かったが、伝えずにはいられなかったのだ。


「え!? い、いやでも、ダメよ、そういうのは! 今日は新婦が主役なんだから!」

「あ、ああ……」

 サナの頬が少し染まった気がして、ルーツも赤面してしまう。


「ったく、いつまで経っても初々しいなぁ、ルーツとサナ様は」

 グスタフが呟くと、それを合図とばかりに3人で転移魔法陣に向かい、マーリの街に転移した。


 結婚式を挙げるのは、マーリの街の貴族だ。かつて新婦の病気の薬を作るため、ルーツとサナがケホダビーのはちみつを手に入れたことから縁がある。


 会場に着くと、ルーツたちは新郎の妹であるキャサリンのところへ向かった。ケホダビーの依頼の後も何度か交流しており、今では名前で呼び合える気さくな仲となっている。


「キャサリン、おはよう!」

「サナ! ルーツも、いらっしゃい!」

 しばし3人で談笑した。その間にグスタフは会場に入っていき、商売仲間と挨拶を始めた。


「ゆっくりしていって!」

「ええ」

「ありがとう」

 キャサリンに促され、ルーツとサナは会場に入って行った。ルーツはサナの手を取ってエスコートした。


「お、ルーツとサナじゃないか」

「しばらくぶりね」

「あ、ネロとシンディ!」

「来てたのね!」

 かつて冒険者として共にダンジョンに潜った戦士の男女との再会だった。彼らも結婚式のために正装をしていた。


 ネロやシンディ以外にも、冒険者が沢山いた。それはこの街の特徴でもあった。このように祝いの席に招きはするが、出自は詮索しない。だから、ルーツたちがどこから来た者たちなのか、聞いてきたりする者はいなかった。


 しかし、ネロたちは少しだけ身の上話をした。


「ここは良い街だけどさ。しばらく故郷に帰ろうかと思ってんだ、俺たち」

「え、どうして?」

「メルトベイク帝国の侵略が隣国まで迫って来てるの。私たちの故郷もいつ攻め込まれるか」

「そっか……」

「帝国が……」

 ルーツもサナも神妙な顔でそれを聞いた。メルトベイク帝国が世界の国々を侵略しているのはルーツたちも知っている。マーリからは遠いところの出来事ではあったが、その脅威は徐々に忍び寄って来ていたのだ。


「ルーツたちもさ、後悔の無いように生きろよ」

「ええ、戦乱は確実に近づいている。誰もが巻き込まれる可能性がある。あなたたちも、もしかしたら戦火に巻き込まれて離れ離れになってしまうかもしれないんだから」

「ああ」

「そうね」

「さ、暗い話は一旦終わりにしましょう! 今日はめでたい日なんだから!」

 シンディがそう言い、4人は式の会場に移動し始めた。しかし、帝国の話は、ルーツの心に重くのしかかっていたのだった。


 牧師の前に新郎新婦が立ち、儀式が進んでいく。二人が口づけを交わした辺りで、拍手や喝采で溢れた。新郎は貴族で新婦は平民という間柄ではあったが、少なくともこの式に参列している者でそれを妬んでいる者はいないようだった。


「本日は、私たちのために式に列席してくださってありがとうございます」

 披露宴の会場に移動し、新郎が挨拶をする。新郎の乾杯の声と共に、宴の開始となった。


 冒険者たちの中には早速酒をがぶ飲みして騒ぎ始める者もいたが、この街では慣れた様子なのか、参列している貴族たちも全く気にしていない。むしろ自分から足を運んでコミュニケーションを取りに行っている。


 ルーツとサナは、酒を飲める年齢でも無かったので、食事に専念することにした。


「うわ、美味し!」

「どうなってんだ、この料理!?」

 サナとルーツが順に感嘆の声を上げる。


「ふふ、うちのシェフご自慢の料理よ。随分前から気合い入れて準備してたからね」

 キャサリンが得意気に言った。


「シェフも兄様たちのこと、子供の頃からよく知ってるのよ。だから、嬉しかったんじゃないかしら」

「へぇぇ、素敵な話じゃないか」

「ホントね!」

 ルーツたちはその後もキャサリンや顔なじみの冒険者、貴族、グスタフたちと話したり、新郎新婦と喋りに行ったりして時を過ごした。ルーツもサナも笑顔が絶えず、楽しい時間となった。


 やがて結婚式はお開きとなり、有志で二次会が開かれることになった。酒盛りの会となるのは間違いなかったので、ルーツとサナは遠慮することにした。なお、グスタフは二次会に向かう集団に混じっていった。


 ルーツたちは公園に寄り、結婚式で貰ったお土産を開けてみることにした。


「お、俺のは短剣だ」

「綺麗な短剣ね。冒険者にってことかな」

「サナのは?」

「私のは……」

 サナが受け取ったお土産を開けると、それは首飾りだった。


「おー、綺麗な首飾り!」

「魔道士向けだね。魔力補助の呪法がかかってるみたいだ」

「そうね。アクセサリーにして良し、冒険者アイテムとしても使える、ってことかな」

 サナは首飾りを色んな方向から眺めている。


(首飾り……か。ちょうど良いかもな)

 ルーツにもサナに渡そうと思っていた贈り物があった。それは、退魔の力を込めた魔力石だった。薄い青に輝いていて、首飾りにでも付けて渡そうと思っていたのだが、今、サナが手にしているものがちょうど良いと思ったのだ。


「サナ、ちょっとその首飾り貸して」

「え? いいけど」

 ルーツはサナから受け取った首飾りに魔力石を装着した。元々付いていた飾りに加わる形だ。


「この魔力石、俺からのプレゼント」

「え、どうしたの、急に?」

「ネロたちも言ってたけどさ。戦乱が近づく嫌なご時世だからこそ、今のうちに何かサナにプレゼントしたかったんだ」

「あ……」

「退魔の魔力石に光魔法を込めて作った。きっと、サナを守ってくれる」

「…………」

「あ!? ご、ごめん、嫌だった!? 嫌なら外すけど!」

「ち、ちが! そんなわけない!」

 サナは顔を赤くしてルーツから首飾りを奪い取ると、自分の首にかけた。


「ど、どうかな?」

「似合ってるよ」

「ホントにありがとう。大事にするね……」

 サナは身に着けた首飾りに手を当て、微笑んだ。その様子が、ルーツには狂しいほど愛おしく思えた。


「もし、俺に何かあっても、それを俺だと思って思い出してくれると嬉しいな」

「何かなんて、きっと起こらないよ」

 サナがルーツの手を取る。そしてルーツの目を真っ直ぐに見た。


「私たち、ずっと一緒でしょ」

 ルーツは目を見開いた。サナから目を離すことができない。


 ルーツの胸が高鳴る。とっくの昔から想いをよせてきた美しい少女。自分との立場の違いもあったし、関係が壊れたらと思うと気持ちを伝えるまでは踏み出せなかった。


 だが、こうやって見つめ合っている状況を思うと、今がその時なのではないかとルーツは思った。


「サナ」

 ルーツがサナの手を握る。サナは真っ直ぐにルーツを見つめる。


 ルーツが次の言葉を紡ごうとしたその時、


「お、ルーツとサナ! また会ったな!」

 ネロの豪快な声が響いた。ルーツとサナは手を離し、『バッ』という擬音が聞こえて来そうな勢いでネロの方を見た。


「ネ、ネロとシンディ……」

「ど、どうしたの? 二次会は……?」

 ルーツとサナは取り繕って声を出した。シンディがネロの横っ腹を小突いたのが見えた。


(ネ、ネロぉ……。タイミング悪すぎだよ……)

 ルーツは心の中で嘆いた。しかし、よく考えると、周囲にそれなりに人がいる場所なので、どちらにせよその時ではなかったのかもしれないと、ルーツは思い直すことにした。


 ネロとシンディは二次会には最初に顔だけ出し、これから準備をして故郷に向けて出発するとのことだった。


「そうか、もうつのか」

「なぁに、事が落ち着いたらまたこの街に来るからよ」

「また共同ミッションやりましょう」

「ええ、そうね」

「ネロ、シンディ。気をつけて」

 全員で握手をし、ルーツとサナはネロとシンディが歩き去るまで、その方向を見ていた。


「メルトベイク帝国、か。ネロとシンディが戦争に巻き込まれなければいいけど」

「あの二人ならきっと大丈夫だよ」

 ルーツとサナは友人たちの無事を祈り、どちらともなく手を繋いで、転移魔法陣のある屋敷へ歩き始めた。



    ◇



 村に戻ると、村人が広場に集まっていた。


「あれ、何やってんだろ」

「ね。行事とか何もないはずだよね」

 ルーツとサナが合流すると、長老がたまには宴会をやりたいと言い始め、村人が集まって酒盛りを始めたということだった。


「えー、何でまたいきなり」

「ほら、ルーツにサナ様! ちょうど綺麗に着飾ってんだ! 混じって混じって!」

「料理もたっぷり用意するよ!」

「お、俺たち、結婚式帰りで、だいぶ食べて来たんだけどな」

 そう言いつつも、ルーツもサナも宴会の輪に入っていった。


 子供たちは結婚式の話を聞きたがり、ルーツとサナに群がった。村に戻ってからネロたちに邪魔された続きをするチャンスがあるかと密かに狙っていたルーツだったが、この日はもう諦め、村人と盛り上がることにした。



    ◇◇



 宴会がしばらく続いた後、長老と村長がそっと抜け出し、二人で話を始めた。


「長老、今日はどうしたのです? いつもは行事にすら参加しないのに」

「いつもとは心外じゃな! それなりに参加しておるつもりだったが」

「人間の行事は人間がやれば良いとか、いつも流しているではありませんか」

「そうだったかの」

 長老はゲラゲラと笑った。


「今日の件は、そうじゃな。楽しめるうちに皆で楽しんで欲しかったのじゃ。私たちに残された時間が、どうやら長くない」

「!? ではまさか、この村が!?」

「ああ。バレるのは時間の問題じゃ」

「長老を探しているのは、メルトベイク帝国ですか?」

「いいや、違う。奴らでは、ここには辿り着けぬよ。何にしても、ここを戦場にするわけにはいかぬ。ここがバレる前に、私から出て行こうと思っておる」

「それで、長老はどうするのです?」

「私は何もせぬよ。全てはお主らの選択に任せる。ここは、そのための村じゃ」

「そうですか。では、ルーツたちも?」

「ああ。ルーツとサナも自由にさせる。聞けば、マーリの街の冒険者ギルドで名を残しているようではないか。どんな選択をするか、楽しみじゃな」

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