*第14話 人魚姫

今日、研究の終了が決定した。

無理も無い。

職員の殆どが精霊を失い魔法が使えなくなったのだから。


もう何年も前から研究は中断していた。

日々の食料を調達するのに手一杯でそれどころでは無かった。

私も辛うじて生活魔法と初級の特殊魔法が使えるレベルだ。

これもいつ駄目になるか分からない。


その日が来るのが怖い・・・


魔法が使えなくなるのは別に構わない。

嵐の合間に狩猟や採集をする生活にもとうに慣れた。

生きて行く事は出来そうだ。

だが魔法が無ければどうにもならない事が有る。

培養槽の維持が出来ない。


彼女が死んでしまう・・・


受精卵の状態から私が育てた。

可愛い可愛い娘だ。

私のお姫様。


研究はまだまだ途上。

完成には程遠い段階だ。


エラもラビリンス器官も十分な効率を持ってはいない。

調整された培養液の中でしか呼吸が出来ないのだ。


水質の安定には魔法が不可欠だ。

液の浄化や循環。

温度や酸素濃度の調節。

栄養分の補給。

その他諸々。


稼働している培養槽は一つだけ。

他のは全て停止した。

微かな望みに掛けて海に放してみたが、

結局は四日の間に次々と死骸となって浜に打ち上げられて

しまっていた。


やはり無理だった・・・

水中でも空気中でも満足に呼吸が出来ず酸欠で死んでしまう。


駄目だ!彼女をそんな目に遭わす訳にはいかない!

絶対にっ!


長年の研究の積み重ねによって生物の形態には遺伝情報が

関与している事が解った。


遺伝情報を操作する魔法の開発。

それがこの研究所の目的だった。

受精卵では目覚ましい成果を得た。

彼女もその成果の申し子だ。


だが子世代の品種改良は出来るのだが、

一旦の確定した形質を変える事が出来ない。

そこからの更なる変異を可能とする魔法の開発。

それが私の研究テーマだった。


そしてそれだけが彼女を救う道だと言うのに・・・

間に合わないのか?

彼女は培養槽の中でその生を閉じるのか?


あぁ・・・何故だ・・・

何故・・・

愛してしまったのだ・・・


<キュ~~~ キュ~~~>


おぉ・・・ナイエル・・・

彼女が呼んでいる・・・


***


「まだ諦められないのか?リック」

「もう少しなのです!父上!部分的には成功しているのです!」


「だが実際には発現しない。」

「それは!・・・」

「もう時間切れなのだ。リック。」

「嫌です!お願いです!父上!」


Dr.モロを父上と呼ぶのは実験体の担当責任者リチャード・ゲライス。


「我らは島の内陸部に拠点を移す。

風も幾らかはマシだ。塩害も無い。

此処はもう駄目だ、この嵐が収まったら出発する。」


海岸沿いの施設だ。

強風と塩分に晒されて今にも崩れそうである。


「私は・・・残ります。」

「・・・そうか、好きにしろ。一切の援助は出来ない。

お前の事は死んだものと思うが良いな。」


「はい。」


もう僅かしか残っていない魔法師の一人。

本当なら拠点作りの為に必要な人材だ。

だが、内陸に移動したからと言って楽になるわけでは無い。

一族の滅亡が少し先延ばしになるくらいだ。

ならば好きにさせてやろうとモロは思った。


最初で最後の父親らしさは親子の縁を切り

息子を開放してやる事だった。


***


<キュ~~~ クルルルルル>

「君を置いて行くわけが無いよ、ナイエル。

心配しなくても良いからね。」


実験体の名はナイエル。

14歳になる。

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16818093079593415869


耳の下あたりにヒレが有り、その内側にエラが形成されている。

腕とすねの両脇にもヒレが付いていて

手足の指は長く、水かきが有る。


魚人だ。

見た目はすっかり水中に適応している。

問題は呼吸の性能だけのようだ。


なるほど、可愛らしい顔をしている。

娘であると同時に、恋人でもあるらしい。

水槽から顔を出したナイエルに接吻せっぷんする。


ナイエルには声帯が無いので声は出せない。

代わりに高周波領域の音波で会話をする。

精霊遺伝子が機能しているうちは、意思疎通に支障は無い。


クルルルル~行かなくても キュアカッ良いの?

「あぁ、ずっと一緒にいるよ。

それに私は諦めてなんかいないからね。

必ず成功させる。」


単体での培養では、エラもラビリンス器官も充分な性能を持っている。

その組成情報を魔法で転写するのだが、何の変化も現れない。


何が足りないのだ?

何所を間違えている?

答えが出そうで出ない。


そして2年が過ぎ、いよいよ魔法の発動が困難になって来た。

簡単な魔法でも成功率は30%まで落ちた。

ましてや遺伝子操作の様な高度なものは発動するかどうかも怪しい。


しかしリチャードはついに見つけた!

成功のカギとなるキーワードを!


連鎖反応魔法。


これまでの魔法は単体を対象に発動させていた。

卵子ならそれで良かった。

単細胞なのだから、一回の発動で遺伝子が上書きされ、

あとは勝手に細胞分裂して行く。


だが今の被検体は多細胞である。

単発の作用では意味が無いのである。

関連する全ての細胞に発動しなければならない。


今までも魔法は成功していたのだ。

一個の細胞だけに。


魔法の作用はそのままに、性質を連鎖反応型に変えるのだ!

ウイルスが体内で増殖する様に!

レトロ・ウイルス・ベクター魔法だ!


呪文の作成は完璧の筈だ、自信が有る。

頼む!発動してくれ!


「さぁ!やるよ!ナイエル!」

キュルルル~えぇ信じてる!


『ワックチ~~~ン!』


キュワッ愛してる! キュワッリチャード!

「愛してるよ!ナイエル!」


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