第119話 努力が必ず報われる訳では無いが、報われる人は必ず努力をしている

「……んん……」

鈴木すずきさん、起きた?」

「……ここは?」

「保健室だよ。寝ちゃってたから連れてきたんだ」


 瑞斗みずとがそう教えてあげた数秒後、何度か瞬きをした玲奈れいなが勢いよく起き上がる。

 そして「私たちは勝てたの?」と彼へ詰め寄るようにして聞いてきた。


「残念だけど、二人三脚は2位だったよ。ゴールはほぼ同時だったんだけど、僕たちは転んでゴールしたから足がラインを超えるのが遅かったんだ」

「……そう」

「でも、落ち込まないで」


 瑞斗がそう言ってパンパンと手を叩くと、ガラリと開いた扉からクラスメイトのみんながぞろぞろと入ってくる。

 そして、彩月さつきが持ってきたソレを見た瞬間、玲奈の瞳に光が戻ったような気がした。


「それってつまり……?」

「うん。総合では1位だったんだ、2位とは5点差だったから、歩いてたら負けてたよ」

「…………」

「頑張ってよかったね」


 彼がそう言いながら微笑むと、玲奈は潤んだ目を隠すように布団を被ってしまう。

 「弱いところを見せるのも強さだよ」と花楓かえでと彩月がひっぺがそうとするが、隠れる意志は固いようでビクともしなかった。

 仕方ないのでそのままみんなには保健室から出ていってもらい、瑞斗と2人きりにしてもらうと、ひょっこりと顔だけを出してこちらを見てくれる。


「保健室の先生、無理したからって怒ってたよ」

「そうでしょうね」

「でも、褒めてもくれてた。仲間にあれだけ応援されるアンカーは初めて見たって」

「……別に私の力じゃないわ」

「そうだね。鈴木さんとみんなの力だもんね」

「ふふ、分かってるじゃない」


 彼女は得意げにそう呟いた後、体を包んでいた布団を手放してベッドの縁に腰かけた。

 そして何を言うでもなく両手を広げると、じっと視線で何かを訴えてくる。

 これがどういう意味なのか分からずに棒立ちしていると、「寝汗で体が冷えちゃったのよ」なんて遠回しにヒントをくれた。


「僕たち、本物じゃないんだよ?」

「でも、少し本物に近付けた気はしない?」

「どうだろう。僕にはそういうの分からないや」

「……じゃあ、私がして欲しいからハグして」

「いいよ」


 彼が頷いて両手を広げて見せると、玲奈は甘えるようにその中へと倒れ込んでくる。

 どうやら体が冷えたというのも嘘ではないらしく、肌に触れる部分に少しひんやりとした感覚を覚えた。

 瑞斗はなるべく温かくしてあげようと背中を擦ったりしてあげていると、心地良かったのか猫のようにゴロゴロと喉を鳴らす音が伝わってくる。

 普段は冷たいけれど、時折見せてくれるこういう部分があるから、自分は彼女のことを嫌いになれないのだろう。

 そんなことを心の中で呟きつつ、もうしばらく要望に応えてあげる。さすがにまたウトウトし始めた彼女が、無意識に胸を押し当ててきた時には危機感を覚えて離れさせたけれど。

 体操服の女子と保健室で2人きり。男子高校生でこのシチュエーションから何も思い浮かばない人の方が少ないだろうから。


「制服はそこに置いてあるから。着替えたら出てきて、もう遅いから家まで送るよ」

「んぅ」

「どうかした?」

「足が痛くて動けない。着替えさせて」

「……は?」


 彼女の口から聞くとは思っていなかった言葉に、思わずキョトンとしてしまう。

 ハグくらいの甘えなら許容出来たが、熱もないのに脱がせるのはさすがに色々と問題だ。それがたとえ本物の恋人だとしても。

 でも、頑張ったことを褒めてあげたい気持ちはあるし、助けが必要なのも本当かもしれない。

 そんな考えをグルグルと脳内を駆け回らせていると、玲奈がプッと吹き出すように笑って「冗談よ」と意地悪な顔を見せた。


「でも、二人三脚の時のあなたはそれくらい積極的だったわ。そういうところも嫌いじゃないかもね」

「……好きになってもらう必要は無いけど、嫌われないようには努力するよ」

「そうしてもらえると助かるわ」

「それじゃあ、待ってるから」


 軽く手を振って出口へと歩き出す瑞斗。最後に見た意味深な微笑みが、何故か心に引っかかってなかなか外れてくれない。

 それでも背後で布の擦れる音がしたのを彼が振り返ることはなく、そのまま後ろ手に扉を閉めて廊下でしばらく待ちぼうけするのであった。

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