第117話 スポーツは冷たいココロを熱くする
それを薄々察していながら、彼女なら大丈夫だと根拠の無い信用で目を瞑ってしまっていたのだ。
「ごめん、止めるべきだった」
「あなたが謝ることなんてないわ。最後まで我慢し切れなかった私の責任よ」
「違うよ、我慢させた僕が悪いんだ。何となく分かってたのに、踏み込まなかった僕が……」
「あなたに止められても、私は知らないフリをして同じように失敗したと思うの」
「……どうしてそこまで走ることに拘るの?」
彼の質問に彼女は少し俯いて黙った後、ひとつ深呼吸をしてから話してくれた。
中学生の時、リレーの選手に選ばれたこと。ひとりで練習をして完璧な状態で挑んだこと。それでもバトンの受け取りに失敗して負けてしまったこと。
自分が人の二倍、三倍頑張れば必ず勝てると信じていたからこそ、コトンと地面に転がるソレを見た時は全てが崩れ落ちたように感じられた。
「だから、瑞斗君と一緒に特訓出来て嬉しかった。今度こそは絶対に勝つって気持ちが先走るくらい」
「
「でも、またダメだったわ。こんなことなら初めから選ばれなければ良かった」
「そんなこと言わないでよ。鈴木さんが頑張ってたことは僕が一番よく知ってる」
「……」
丸まってしまった背中を優しく撫でてあげると、ギリギリのところで堪えていた涙が抱えていた膝を伝って流れ落ちる。
こんな弱った鈴木 玲奈の表情を他の人に見せたくなくて、瑞斗は彼女をそっと抱き寄せて胸を貸してあげた。
「誰も責めたりしてないよ。むしろ、安心して打ち明けられる相手になれなくてごめんね」
「そんなことない、私が頑固だったのが良くないの」
「……自分が許せない?」
「……ええ」
「じゃあ、もう一度その頑固さを発揮してよ」
「どういう意味?」
「今回の負けを取り返すんだ、鈴木さんの力で」
困惑する玲奈に、クラスメイトのみんなが親指を立てたり頷いたりしてくれる。
みんなには瑞斗の言葉の意味が伝わったらしい。それぞれ決められたペアの相手と二人組を作ると、息を合わせる練習をし始めた。
「最後の二人三脚、僕たちがアンカーだからね」
「こんな足で走ったら、また迷惑を掛けるわ」
「走らなくていい、歩くんだ。みんなそのために頑張ってくれる、十分過ぎるくらいに差を付けてくれるよ」
「どうしてそんなことをするの。私を見捨てた方が勝てるじゃない」
「僕は勝ちに拘ってなんかない。全員で戦ったって事実が大事なんだ」
「っ……」
玲奈はハッとしたように目を見開くと、自分に向けられている視線をゆっくりと見回してから、赤くなった目元を拭ってゆっくりと立ち上がる。
1位というのは分かりやすい評価かもしれないが、それだけが勝者だと言うにはスポーツはあまりにも深すぎたのだ。
体育祭は教えてくれた、やり切った後の清々しさを。無様でも最後まで走る根強さを。そして、仲間を信じる大切さを。
「みんなと一緒に楽しもうよ、鈴木さん」
「……そこまで言われたら、断ることなんて出来ないじゃない。瑞斗君は卑怯ね」
「断るつもりがあるってこと?」
「いいえ。優しい卑怯者は嫌いじゃないわ」
そう言いながら、足を結ぶ紐を取り出す彼女の姿に、仲間たちがまるで優勝したかのごとく喜んでくれたことは言うまでもない。
ただひとり、
「い、いつものみーくんじゃない……」
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