第61話 お姉ちゃんは妹が大事

「じゃあ、僕はそろそろ帰るね」


 夕方頃まで傍にいたけれど、さすがにそろそろ帰らないと暗くなってしまうのでと、ベッドの端に下ろしていた腰を上げる。

 一階から玄関の鍵が開く音が聞こえてきたし、ちょうどいいタイミングで日奈ひなが帰ってきたのだろう。

 彼女に事情を説明して看病を引き継いでもらえば、玲奈れいなを一人にしてしまうこともないから安心だ。

 ただ、彼の顔を見上げる彼女はどこか不満がありそうな目をしている。なんだか『帰らないで』と言われている気が……。


「お姉さんが居るなら僕の出番は無いからさ。事情を話してくるから少し待ってて」

「……」

「寝れないって言うなら電話くらいはしてあげる」

「あなたの声なんて聞いても寝れないわよ」

「だよね、気休め程度に考えといて」


 そう言った瑞斗は、布団から出ていた腕を中に入れてあげてから部屋を出る。

 残された玲奈が『気休め程度』という言葉に、「そう言われたら、余計に電話しづらいじゃない……」と呟いた声は届くはずもなかった。

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 瑞斗が出ていってから数分後、部屋にやってきた日奈は心配そうにベッドを覗き込んでいた。

 しかし、血色のいい顔を見ると安堵のため息をこぼし、可愛い妹の頭を優しく撫でてあげる。


「連絡してくれたらよかったのに」

「お姉ちゃんの邪魔したくなかったの」

「レイちゃんの一大事を邪魔なんて思うはずないでしょ? まあ、帰ってきたら来たで私がお邪魔だったみたいだけどね」

「どういう意味?」

「瑞斗くん、思ったよりずっと良い彼氏だね。わざわざ看病に来て、お粥まで作ってくれるなんて」

「全部聞いたのね」

「うん。しかも、レイちゃんが完食してくれたって嬉しそうだったよ」

「……へえ」


 確かにあの時の瑞斗は食べれば食べるほど喜んでいて、それが嬉しくて不思議と食欲が湧いてきた。

 けれど、玲奈もまさか姉に話すほどだとは思っていなかったのだ。せいぜい作ったものが無駄にならずに済んだ程度だとばかり考えていたから。


「ありゃ、優良物件だねぇ。手放すなんて勿体ない」

「大丈夫よ、そんな気ないもの」

「お姉ちゃんの前で惚気話? 朝まで聞いちゃうよ」

「そんなんじゃないわ。それに疲れてるから勘弁してちょうだい」

「それもそうだね。じゃあ、お姉ちゃんは夜ご飯を作ってくるからゆっくり休んでね」

「言われなくてもそのつもりよ」


 日奈は素直じゃない妹の様子を愛らしく思いつつ、背中を向けてドアへ向かおうとする。

 しかし、その途中で視界の端に映ったパジャマに歩み寄ると、拾い上げて汗でまだ濡れていることを確認した。


「レイちゃん、これは?」

「着替えたの、汗かいちゃったから」

「こんなに濡れてるなんて相当暑かった……いや、ちょっと待った」


 日奈は何かに気がついたようにそう言うと、布団の中に手を突っ込んで玲奈の体をベタベタと触る。

 そして「汗はかいてない……」と呟いたかと思えば、突然怪しく笑いながらウンウンと頷き始めた。


「新しいパジャマが濡れてないということは、着替えたのは熱が下がった後。でも、瑞斗くんはだいぶ前に熱は落ち着いたって言ってたよ」

「それとパジャマになんの関係があるの?」

「熱が落ち着いたのはずっと前なのに、パジャマがまだ濡れてるのはおかしいよ。ということは、着替えたのはついさっきってことになる」

「は、はぁ……」

「名探偵日奈には分かるよ。2人は汗だくになることをした、つまり男女としての一線を超えてしまったんだとねっ!」

「……もしかして熱あるんじゃない?」

「ふふふ、恥ずかしがらなくても大丈夫♪ でも、ちゃんとゴムはしなきゃダメだよ?」

「な、何言ってるのお姉ちゃん?!」

「今晩はお赤飯かな。よし、今から買って来よう」

「だから何もしてないし、してたとしてもこのタイミングで赤飯は食べないわよ!」


 その後、必死に事実を伝えるも信じてもらえず、本当に赤飯を買いに行こうとする日奈を、玲奈が羽交い締めにして引き止めたことはまた別のお話。

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