第56話 高飛車もたまには真実を言う

 あの後、少し回復してきたところで支えながら階段を上ってもらい、何とか二人で部屋まで戻ることは出来た。

 玲奈れいなに聞いたところ、今日は朝早くに日奈ひなさんは出掛けてしまって、発熱が発覚したのが見送った少し後のこと。

 呼び戻すのも気が引けると一人で何とかしようとしていたため、まだ動ける間に必要そうなものは部屋に用意しておいたらしい。

 瑞斗みずとからすればそのせいで今へばっているのではないかと思ってしまうが、弱ってる相手を傷つける趣味は無いので黙っておいた。


「それにしても、熱があるのにご飯はどうするつもりだったの。どうせ知らせたなら、かしわさんに助けを求めれば良かったのに」

「伝染したらどうするのよ」

「僕が来たから、その心配も無駄になったね」

「……ほんと。我慢してた自分が馬鹿に思えてきちゃうじゃない」

「馬鹿だとは思うよ。偽彼氏なんて大層なことに巻き込んでおいて、病気の時は単独プレーなんてさ」

「私にも私の事情があるの」

「その事情を話してくれないと、良い彼氏を演じられないってのが僕の事情なんだけど」

「……悪かったわよ、一応伝えるべきだったわ」


 布団で口元を隠しながらそう言う彼女に、「よく反省出来ました」と言いながら新しい冷えピタをそっと額に貼ってあげる。

 自分でもどうしてここまで世話を焼きたくなるのかは分からないし、その必要性だってはっきりしていない。

 強いて言うのなら、偽物と言えど彼氏としての自覚が芽生えて来たのかもしれなかった。

 本物の彼氏がどうあるべきかなんて瑞斗には分からないから、きっと玲奈専用の彼氏として最適解にしかなれないだろうとは思うけれど。

 何はともあれ、病人を前にした今の彼はお人好しを遂行するだけのマシーンだ。彼女が求めるお節介を全力で遂行するのみである。


「薬は飲んだ?」

「ええ、朝に」

「だったら熱はいずれ下がるよね。そうだ、咳してたし喉乾いてるんじゃない?」

「少しだけ」

「良かった。ポカリ買ってきたんだ」

「探したけどそれは切らしちゃってたの。外も買いに行けないし、おかげで助かったわ」


 そう言いながら起き上がろうとする玲奈の背中を支えながら、蓋を外したポカリのペットボトルを口元まで運んであげる。

 彼女には自分で出来ると言われてしまったけれど、「こぼれちゃうよ」と強引にそのまま飲んでもらった。

 これまでの経験から、少し強引に歩み寄った方が、素直になってくれやすいと判断したのだ。

 その読み通り、玲奈は『仕方ない』という建前があるおかげか、素直に喉にポカリを通してくれる。

 真顔のまま「綺麗に飲めていい子でちゅね〜」なんて言った時には、吹き出しそうになりながらみぞおちを殴られてしまったけれど。


「……痛い」

「赤ちゃん言葉なんて使う方が悪いわ」

「ごめん、ダンディの方が好みだったんだね」

「そういう意味じゃないから。というか、そもそもあなたにダンディは無理でしょう?」

「そんなことないよ。昔はダンデ〇坂野の弟子って言われたこともあるんだから」

「それ、多分笑われてたのよ」

「そんな……ダンディ姉川じゃなかったなんて……」


 衝撃の事実にベッドの縁に突っ伏して落ち込む彼の頭を、やや呆れ気味の玲奈がポンポンと撫でてくれる。

 病人に気を遣わせるなんてお人好し失格だ。そう思って顔を上げた瑞斗は、視界の中心に捉えたその顔が微笑んでいるのを見て首を傾げた。

 自分は何か面白いことを言っただろうか。いや、過去の自分を憂いていただけだからそんなはずはない。


「ふふ、ダンディじゃないだけでそんなに落ち込むかしら」

「やっぱり馬鹿にして笑われてたんだ……」

「別に馬鹿になんてしてないわ。蝶ネクタイを付けたあなたを想像したら少し面白かっただけ」

「そうかな」

「ええ。それに、ダンディでは無いかもしれないけれど、私のために色々してくれるあなたはかっこいいと思うわ」


 真っ直ぐな目でこちらを見つめながらそう言ってくれる彼女は、少し照れたように視線を逸らして頬をかく。

 その姿を前にした瑞斗はと言うと、「これは思ったより重症みたいだ」と慌てて寝かせて布団をトントンとし始めた。


「無理させてごめん、寝てていいよ」

「私の本心を疑うなんていい度胸ね」

「ダメだ、自分のことも分からなくなってる。僕をかっこいいだなんて、妹でも言わないのに」

「……はいはい、だったらそういうことでいいわよ」


 深いため息を零しながらこちらに背中を向けてしまった彼女が、しばらくの間口を聞いてくれなくなったことは言うまでもない。

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