第42話 瑞斗追うものは一兎も得ず

 有り難いお呼び出しを食らった日の放課後、瑞斗みずとの腕を引いて教室を出ようとする花楓の前に、仁王立ちの玲奈れいな立ちはだかった。


「どこへ行くつもりかしら?」

「ちょ、ちょっとお隣さんちにカイバンバンを……」

「それを言うなら回覧板でしょ。人の彼氏を連れてお隣に顔出す幼馴染がどこにいるって言うのよ」

「……?」

「自分を指差してもダメ。瑞斗君は私の彼氏よ、一緒に帰るのは私の役目なの」

「みーくんはそう思ってないもん!」


 間に挟まれてボーッとしているだけの瑞斗に、いきなり「ね?!」と聞かれても、出てくるのは眠そうな「ほぇ?」という声だけ。

 そんな彼の様子に呆れ顔の玲奈は、「とにかく、返しなさい」と取り上げようとするが、花楓はイヤイヤ期の子供のように首を横に振って抵抗する。

 そして逃げるように走り出すと、すれ違う生徒たちが慌てて壁際に飛び退く中を抜け、瑞斗と共に中央階段を駆け下りた。

 しかし、そのまま見逃されるはずもなく、玲奈は階段脇の手すりを飛び越えて下の階まで一気に降りると、逃亡者の背後に着地して襟首を掴む。


「私から逃げられるとでも?」

「うぅ、卑怯者っ!」

「それを言われるべきは逃げる側だと思うわよ」

鈴木すずきさんのあんぽんたん! コンビニおにぎりで言うところの塩むすび!」

「確かにわざわざ買おうとは思わないけど……って、それでダメージを受けると思う?」

「ふん、おせちだったらくわいだもんねーだ!」

「確かに人気はないらしいけど、あれは快く一年を過ごせるようにって意味が込められてるのよ。全く悪い気がしないわね」


 何を言われても余裕な玲奈にがるるする花楓だったが、「数の子に劣るくせに……」と呟くと「大好きな瑞斗君との子宝に恵まれたいのかしら?」なんて言われて即赤面。

 ほんの一瞬だけ腕への集中が逸れたところで、あっさりと瑞斗を奪われてしまった。


「残念だけど、数の子も私のものだから」

「なっ、みーくんに手を出すつもり?!」

「それはどうかしら。手を出すのは彼の方かもしれないわね、ふふふ」

「うらやま……じゃなくて、恨めしい! 私のみーくんなのにぃぃぃ」

「あなたのものだったのはたった半日でしょ」


 捨て台詞のようにそう口にした彼女は、瑞斗と腕を組むと背中を向けて走り出す。

 花楓も直ぐに追いかけようとするが、いつの間にか解けていた靴紐を踏んでしまい、慌てて結び直している間に見失ってしまったようだ。

 その間に二人は学校の裏門の近くまでやってくると、玲奈は近くにあった背の低い植木の陰へ彼を連れ込んだ。


「くんくん、こっちからみーくんの匂いがする……」


 それから1分もしない間に姿を見せた花楓は、何やら鼻をヒクヒクとさせながら歩いて来る。

 どうやら瑞斗の匂いを辿っているらしいが、もしこれが本当なら恐ろしい嗅覚だ。すごいよりも怖さが勝るだろうが。

 ただ、二人が隠れたのは花の咲いた植木。その香りのおかげなのか、さすがに人間の域を出てはいなかった彼女の鼻では検知できなかったようだ。

 首を傾げながら「途切れてる、こっちかな」と裏門から出ていく後ろ姿を見送った後、瑞斗は変な汗をかいた額を拭いつつため息をこぼした。


「追ってるのが花楓じゃなかったらホラー映画だよ」

「女の子と夜の学校なんて、あなたにとって得しかないじゃない」

「幽霊に回し蹴りをキメないような女の子ならね」

「さすがの私も化け物には勝てないわ」

「飛び降りたと同時に花楓の靴紐解いた人のセリフだとは思えないね」

「……ふふ、それに気付いたあなたも相当よ」


 スカートについた葉っぱを払い落としながら笑う玲奈の視線は、どことなくこちらの様子を伺っているように思える。

 これはつまり、自分をここまで連れてきた理由は、花楓から引き離すためだけではなかったということではないだろうか。

 要するに、彼女にとってここから先が本題。断られるかもしれないお願いをするために、2人きりになれる場が必要だったのだ。

 そんな瑞斗の予想はバッチリ当たっていたようで、「言いたいことがあるなら言って」と促してみると、小さく頷いてから話してくれた。


「今日、少し寄り道して帰らない?」

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