第36話 朝露とともに来たるは招かれざる客

 あの後、部屋で盗み見したものについては一切触れず、母親の由佳子ゆかこと妹の早苗さなえの押しに負けた瑞斗みずとは、花楓かえでと一緒に朝食を食べることになった。

 幼馴染と食事をすること自体は何の問題もないし、以前までだってたまに起きるイベントだったはず。

 ただ、彼女の大胆な告白が思ったよりも心にまとわり付いているようで、隣に座られてもまともに顔を見れなかった。


 ピンポーン♪


 それから数分が経って、2人分の食器を流しに運んでいると、インターホンの音が聞こえてくる。

 こんな朝早くに誰だろう。彼はそんなことを思いながら玄関に向かうと、ドアを開けて目の前に立っていた人物を見て「は?」と声を漏らした。


「何よ、その反応。朝イチで美人の顔が見れて幸せって言いなさい、そしたら半分許してあげる」

「半分だけしか許されないなら全部受ける……って、そういうことじゃないよ。どうして僕の家を知ってるの?」

「職員室で連絡網を盗んで知ったのよ」

「どこぞのストーカーの歌だよね、それ」

「四丁目だったかしら」

「Go〇gleマップでよくある程度のズレだね」


 そんな会話をしていると、なかなか戻らないのを不思議に思ったらしい。奥から花楓がひょっこりと顔を出して様子を伺ってきた。

 彼女は僕の向こう側に見えた玲奈れいなと目が合うと、反射的に体をビクッとさせて影へと引っ込めてしまう。


「あれはどういうことか説明してもらえる?」

「あれと言うと?」

「私とあなたは付き合ってるのよ。なのに、どうして家に他の女がいるのかってこと」

「なるほど、ヤキモチ妬いちゃってるんだ」

「……私、強いってよく知ってるわよね?」

「ごめんなさい。勝手に部屋に乗り込んできて、僕も正直どうすべきか迷ってるんです」


 別に追い出そうだなんてことは思わないし、距離を置きたいとも考えていない。

 ただ、何事も無かったかのように近くにいる彼女が今、どんなことを考えているのかが分からないから怖いのだ。

 しつこいようだが、瑞斗は恋愛感情というものを知らない。それでも人見知りで引っ込み思案で、目立つことの嫌いな花楓の告白がどれほど重いものかくらいは理解しているつもりである。

 だから、玲奈が「突き放しなさい」と言いたくなる気持ちに共感しつつも、それを実行しようという気にはなれなかった。


「あなたが言わないなら私が言うわ」

「ちょっと待ってよ。それだと余計に傷つけることになっちゃう」

「私にとってあなたの存在がどれだけ必要なものか、クラスメイトの反応を見れば分かるでしょう?」

「だとしても、花楓は大切な幼馴染だから。僕の言葉で何とかしたい、その猶予をくれないかな」


 その真っ直ぐな言葉を聞いて、終始冷たかった瞳もさすがに少しは揺らいでくれたらしい。

 彼女の「私を裏切る気は無いのね?」という小声での質問に対して「定期的に報酬が貰えるなら」と答えると、少なくとも不満は無い様子で頷いてくれた。


「だったら、少しなら待ってあげる」

「ありがとう」

「私だってあなたに無理を言ったんだもの。恩人に仇を投げ返すような真似はしないわ」

「それなら良かった、助かるよ」

「参考程度に聞いておこうかしら。報酬というのは何が欲しいの? 変なものだったら無理よ」

「大丈夫、簡単なことだから」


 そう言いながら、その報酬とやらを思い浮かべてニヤける瑞斗に、何か嫌な予感を肌で感じた玲奈。

 彼女がまさかと一歩下がって身構えると、スマホをポケットから取り出した彼は、検索した画面を「これ」と差し出してくる。


「……りんごジュース?」

「そう。りんごが好きだから、たまに奢って欲しいなって。その分、ジュース代を枕購入用の貯金に回せるようになるし」

「1本120円よね? はっきり言っておくけど、絶対に釣り合ってないわよ?」

「僕がそれでいいって言ってるんだから、鈴木すずきさんが文句言うのはおかしくない?」

「だって、私はてっきり体で払えなんて言われるとばかり思っていたんだもの」

「意外とむっつりなんだね」

「……うるさい」


 少し恥じらうような表情で肩に軽くパンチしてきた彼女。その瞬間を見ていた花楓警察が「みーくんを傷つけた!」と駆けつけてくるが――――――。


とのじゃれ合いよ」


 その一言だけであっさりとぎ払われ、しばらく床に突っ伏して動かなくなったことはまた別のお話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る