第31話 嘘で固められた柱にも、真実という支柱は欠かせない

 玲奈れいなが帰る旨を伝えると、花楓かえでは慌てて立ち上がって頭を下げた。

 以前までの瑞斗みずとと同様、彼へ冷たい視線を向ける彼女のことをよく思っていなかったはずだが、今日の一件で何かが変わったのかもしれない。


鈴木すずきさん、ありがとう」

「私はムカついたから割って入っただけ。何もあなた達のためにしたことは無いわ」

「それでもみーくんを助けてくれたから、私はすごく感謝してるの」

「……そう。まあ、礼を言われて悪い気はしないからいいけれど」


 玲奈はそう言って背中を向けると、花楓の「またね!」という言葉にこちらを振り返ることなく、やはり片手だけを振りながら去っていく。

 その姿が見えなくなった頃、まだ目の赤い真理亜がゆっくりと立ち上がって両手を広げた。

 それを見て少し照れたように頬をかいた花楓は、瑞斗の方をチラチラと見つつ、その腕の中へと飛び込む。今度のハグは拒まなかったわけだ。


「これ、やっぱり癒されるね」

「えへへ、私も同じ気持ちだよ?」

「いっその事、こばちんと付き合おっかな……」

「ふぇっ?!」

「だって、結局そっちも幼馴染同士のロマンチックな恋じゃなかったわけじゃん?」

「それはそうだけどぉ……」


 突然の告白(?)におろおろとする彼女。その耳元にそっと口を近付けた真理亜は、にんまりと笑いながら意地悪な口調で囁く。


「女の子同士って、気持ちいいらしいよ?」

「き、気持ち……あぅぅ……」

「体験してみたくない?」


 大人の表情でそっと顎を持ち上げて自分の方を向かせる彼女から、状況を呑み込めずに混乱している花楓は視線を逸らせない。

 そのままゆっくりと顔を寄せる真理亜。唇同士が触れ合うか触れ合わないかの距離まで迫ると、さすがに抵抗しようともがき始めた。

 しかし、先程ハグをした時に左腕でがっちりホールドされていたせいで、どうにもこうにも逃げられない。

 そして覚悟を決めたのだろう。ギュッと目を閉じた彼女は、全ての抵抗をやめて身体を預けた。


「ふふ、それなら遠慮なく――――――――――」


 ただ、客観的に見ていた瑞斗にははっきりと分かる。花楓は諦めているように見えて、体が震えているのだ。

 それに真理亜も気が付いてしまったのだろう。一瞬だけ表情が強ばったかと思えば、すぐに意地悪な笑みに戻って腕を離した。


「……え?」

「冗談冗談♪ マリー、いい男捕まえて幸せになるって夢があるかんね!」

「そうだったの?」

「こばちん、ホッとしてるでしょ? さすがに傷つくんだけど〜」

「し、ししししてないよっ!」

「だったら、私とキスできる?」

「そ、それは……その……」


 キスまでする必要は無いと思うが、『傷つく』と言われてしまった手前、理由もなしに拒むことが出来ないのだろう。

 そんな心優しい彼女はキョロキョロとさせた視線が瑞斗と合うと、ハッと何かを思い出したように頷く。そして。


「今日は、みーくんが彼氏だから出来ないの」

「でも、偽彼氏なんでしょ?」

「違うよ、一日彼氏だもん」

「……ふふ、そっかそっか」


 花楓の言葉から何かを悟ったように頷いた真理亜は、何やらニンマリと細めた目で瑞斗の方を見つめながら、ボソリとこう呟いたのだった。


「そっちは偽じゃなかったか〜♪」


 明日、花楓と真理亜は嘘を打ち明ける。そうすれば偽彼氏をやる必要もなくなり、全てから開放されるのだ。

 そう楽観的なことを考えつつ、新作枕に夢を馳せていた彼はまだ知らなかった。

 玲奈と花楓、両方とのデートを目撃した人物がいたことも、まだ解決していない何かが指をくわえて見ているだけでは済まないということも。

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