第29話 浮気未遂も立派な犯罪です

 女子二人が御手洗のために離れてから約2分が経過した頃、これまで大人しくしていた青野あおのがこちらへと接近してきた。


「お前、鈴木すずきさんの彼氏じゃなかったの?」

「……そうだけど?」

「あんなヒーロー面しておいて、平気な顔で浮気するんだな。結局、お前もクズってわけか」

「浮気未遂の人には言われたくないね」


 いくらこちらの事情を知らず、同類に見えているからと言って、仲間扱いされるのは納得出来ない。

 花楓かえでにも鈴木さんにも内緒のまま、お互いの偽彼氏をやっている自分は最低だ。

 それでも、フラれて暴力に走るような男に比べれば、1000倍はマシなはず……と思いたい。


「いやいや、所詮お互い腐ってるわけだろ。支え合っていこうぜ、な?」

「支え合う?」

「ああ、花楓ちゃんだよ。あの子、大人しくて可愛いよな。俺が好きなタイプだ」

「……つまり、何が言いたいの」

「浮気するくらいだ、気持ちはないんだよな? 一日でいいから貸してくれ」


 聞く前から予想はついていたが、いざ言われた瞬間に腹の底から何かが込み上げてきた。

 花楓は本物の彼女じゃない。それでも、無茶振りを聞いてあげたくなるほどに大切な幼馴染だ。

 いつまでも独り立ちが出来なくて、自分が居なければ右も左も分からないから、少し立ち止まって背中を見せてあげないといけないような頼りない女の子なのだ。

 それを何も知らない男になんて、想像しただけで気分が悪い。これまで積上げてきた全ての徳をBETしても、まだ足りないレベルの悪行である。

 だから、頭でははっきりと言葉で断ろうとしていたはずなのに。先日の玲奈れいなとの件があったせいかもしれない。

 瑞斗みずとは気が付くと、これまで出したことの無いような力で握り締めた拳を振り上げていた。


「……え?」


 しかし、その手が振り下ろされることは無い。いつの間にか背後まで近付いていた彼女、玲奈が手首を掴んで止めていたから。

 玲奈が目を見つめながら首を横に振ると、不思議と怒りは残っているというのに腕の力が抜けた。


「鈴木さん、どうしてここに?」

「偶然よ。喫茶店でダーツをした帰りに見かけたの」

「なるほど……」

「浮気云々に関しても問いつめたいけれど、まずはうるさい羽虫を退治してあげる」


 彼女はそう言って瑞斗の左肩に手を乗せると、軽々と以前と同じように回し蹴りを放つ。

 しかし、向こうも馬鹿ではないらしい。咄嗟に腕でガードをすることで、急所へのダメージを防いだ。


「何度も通用すると思うなよ!」

「初めからそんなこと、思ってないわよ」

「……へ?」


 情けない声を出した直後、右肩にも手を乗せた玲奈は逆足も使って彼の頭をサンドイッチする。

 そして視線が見てはいけないものを見たという動きを示した瞬間、腰のひねりを利用して勢いよく青野の体を地面に叩きつけた。


「ぐはっ?!」

「あら、ごめんなさい。スカートの中を覗いた記憶を消そうと、無意識に力を入れ過ぎたわ」

「お、お前ぇ……」


 呆気なく敗北した彼はまたも掴みかかってこようとするが、今の攻撃だけでかなり削られてしまったらしい。

 フラフラとよろけると、そのまま膝を折って座り込む。ちょうどそこへ、騒ぎを聞き付けた真理亜まりあと花楓が戻ってきた。


「鈴木さん? ど、どうしたの……?」

「彼、瑞斗君にイチャモンをつけていたの。困っているみたいだったから助けてあげたのよ」

「え、ちょ、マリーの彼ピなんだけど!」

「知ってるわ。あなたは知ってるかしら、大好きな彼ピとやらのゲスな一面のこと」


 その言葉に真理亜の表情が歪む。こうなっては青野もなりふり構って居られなかったのだろう。

 瑞斗たちの秘密を暴露しようと口を開くが、すぐさま玲奈に「私だってあなたの弱みを握っているのよ?」と脅されて黙ってしまった。


「分かったらさっさと去りなさい。二度と瑞斗君にも小林こばやしさんにも関わらないで」

「……ちっ」


 青野は吐き残すように舌打ちすると、真理亜の方を振り返ることもせず、逃げるように立ち去って行った。

 背後で彼女が崩れ落ち、普段のギャルギャルしい明るさも忘れて泣き始めてしまったことも気にせずに。

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