第19話 パートナー

 ピーカンという言葉がしっくりくる日曜日。休みの日だというのに朝早くから起こしにくるような幼馴染のいない俺は、10時のおやつ時に朝昼兼用のカップ麺を啜っている。


 お湯を沸かし始めた頃から外からは聞き慣れた声が聞こえていた。


「ほらほら。おやすみだからってダラけないの」


「いや、昼過ぎの集合なんだから出るの早すぎだって」


「せっかくだからショッピングモール見てから行こ?」


「ならノブくんも———」

「ノブくんならとっくに断られてます〜。『休みの日に早起きなんでできるか!』だって」


 俺はできた人間だからな。せっかくデートのチャンスなのにモブを誘ってんなよってことだよ。


 最近は一緒にいることの増えたまいも今日はバイトがあるそうで随分と落ち込んでいた。


「本当はお休みのはずだったのに、大学生の方が2人、体調崩されたそうでベテランのパートさんと急遽入ることになったんです」


 まあ、学生のバイトが突然出れなくなるって話はよくあることで、ウチの母さんも今日は臨時でパートに出かけた。


 俺の方も今日は珍しく予定があって昼には家を出るつもりだ。行き先はテニスコートが併設されているフットサル場。歩いても15分ほどの距離なのでこうしてゆっくりとしているわけだ。


 中学時代の仲間からの誘いでフットサルをすることになっているのだが、今もちょくちょく顔を合わせるやつばかりなので新鮮味はない。

 まあ、コンパ的な要素を期待しているわけじゃないからいいんだけど———ブルブルとスマホが震えたので手に取るとまいからのメッセージ。


『信平くんから邪なオーラが溢れている気がします』


 なんだろうこの子。元々特殊能力持ちだったのか? てか邪なオーラってなんだよ?


『バイト頑張れ』


 触れない方が良さそうなので軽くスルーしておいた。


♢♢♢♢♢


 幹線道路沿いの住宅展示場から子供たちの楽しげな歓声が聞こえてくる。きっとアン○ンマンショーやらヒーローショーやらやっているのだろう。

 俺も大人になれば家族を連れて来たりするのかもな。

 モワモワと子どもを肩車しながら奥さんと手を繋いでモデルハウスを見る自分を妄想してみる。奥さんのモデルはと———。


「あ、キタキタ。遅いぞ大木たいぼく


 幸せな光景から現実に引き戻す少女の声。


「……んだよヒジリー岡田。わざわざ出迎えかよ」


「アンタが最後なの。もうちょっと時間に余裕持って行動できないわけ?」


 チラリとスマホで時間を確認。約束の15分前だけど?


 たわわな女子高生のような小さな三つ編みをした髪型、たわわな女子高生とは真逆なまな板。小柄な少女が腕組みをしながら睨みを効かせている。


 岡田聖おかだひじり、通称ヒジリー岡田。同中で小学校は違ったがその頃からの知り合い。いまは楓と同じ聖カトリーヌ高校に通っている。成長期が遅れているのだろうが、その容姿は中学卒業当時から変化が見受けられない。


「まだ時間前だぞ? 真斗に会えるからって楽しみにし過ぎじゃね?」


 スマホを見せながら揶揄うように言うと、ボンっという脳内効果音とともに聖の顔が赤くなった。


「べ、べべべ別に、真斗と会えるから1時間前に来てたってわけじゃないし! そ、そう! 楓! 楓が早く行こうって誘ってきたのよ! うん、そうそう楓が早くアンタに———」

「おそようノブくん。聖がね? 『鏡花に真斗を独占されてるから今日はアピールしまくらなきゃ!』って張り切っててね。朝6時から今日の服これでいいかとか———」

「あ! あぁ〜〜〜! 何言ってるの楓! 嘘つきは泥棒猫の始まりって言葉知らないの? ぽっと出の美少女にからのパートナーとられてたまるかって……、ひっ! う、嘘です! なんでもないです。だからその笑顔やめて!」


 笹本の怒気を孕んだ笑顔に聖が怯んだ。


「相変わらず、仲のいいようで何より」


 幼馴染、親友、パートナー、そしてライバル。楓と聖の関係を現す言葉はいくらでも出てくる。家は近所、幼稚園から高校まで同じ2人はケンカをしても知らない間に仲直りをしている。まるで姉妹のように。


「そうよ。仲良しなの。ノブくんが鏡花を『きょう』って呼ぶくらいにね? あれ? おかしいよね? 小学生の頃からチームメイトだったのに私だけ『笹本』だもんね? 聖は『聖』って名前で呼ぶのに。ちなみにノブくん。噂の美少女はなんて呼んでるの?」


 さっきまで聖に向いていた笑顔が俺に向けられる。


「さっき鏡花にリサーチしてたから嘘つかない方がいいよ」


 小さな聖が背伸びしながら耳打ちしてくれる。


「聖?」


 キラリと光る鋭い眼差し。


「な、なんでもないってばっ! ホントにアンタはノブのことになると手に負えなくなるんだからっ!」


 笑顔の笹本に両手でワタワタと否定しながら脱兎の如く聖は逃げていく。

 

 取り残された俺と笹本。


「えっと笹本?」


「なあにノブくん?」


 笑顔の圧がすごい。


 こういうときの笹本に逆らってはいけないことは小学生の頃からの付き合いで承知済みだ。


 小学2年で入団したサッカークラブ。笹本と聖とはそこで出会った。

 

 小さい頃から同年代の中では身体がデカかった俺と、サッカーオタクの父親から英才教育を受けていた笹本は早いうちから飛び級で上のカテゴリーのチームの試合に参加していた。おかげで俺にとって笹本は1番仲のいいチームメイトになり、一緒にいる時間も多かった。


「何か怒ってらっしゃいますかね?」


 わからないことは聞くに限る。


「あれ? ノブくんには私が怒ってるように見えるのかな? 何か心当たりでもあったりするのかな?」


 いや心当たりっていうか、さっき自分でチクチク嫌味言ってきただろうが。 

 なんだかな〜、名前で呼べみたいなのが美少女界隈で流行ってるわけ?


「……呼び方で親密度が変わるわけじゃないんだけどなぁ」


 ため息混じりで呟くと、心配そうな表情になった笹本が顔を覗き込んでくる。


「んな顔するなよ。……『楓』」


 ほんのりと朱に頬を染めた楓が「うん」とうれしそうに微笑んだ。


 

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