第27話 かつての挫折と勲章。
本来ならソフィアを城に連れていくべきなのだろうが……何やら色々と複雑な事情がありそうなので、とりあえず街の宿で部屋を借り彼女を休ませる。
「……スゥ……スゥ……」
ベッドの上のソフィアは、静かに寝息を立てていた。
(まずはこれで一安心として……さて……)
これからどうするべきなのか……である。
普通に考えれば、フェリクスには報告すべきだろう。任務を与えたのは彼であって、何よりもソフィアの親族でもあるわけだし。
だが、ここへ運ぶまでにソフィアが漏らした言葉。
――兄さん――。
あの言葉には、どこか悲痛さが垣間見えた。
彼女は、いったいどんな任務を受けたのだろうか。少なくともソフィアを追っていた集団は只者じゃなかった。解せないのは、ここまで追いかけたにも関わらず、あっさりと退却したことか。あれから妙な気配もない。ここまで諦めが付くのであれば、なぜ追い続けていたのか。
(……考えても仕方ないか)
とにかく、今はフェリクスに会ってみよう。話はそれからでいい。
もう一度だけ、ソフィアの様子を見た後に城へと向かうのだった。
◆
城へ到着しフェリクスの私室に行くが姿がない。
どこに行ったのやらと、城の中を徘徊していると、夜の中庭から何やら気合の入った声が聞こえてきた。
「――ハァッ! ハァッ!」
掛け声と共にビュンビュンといった空を斬る音が聞こえてくる。
(この声って……)
気聞き覚えのある声に様子を見に行くと……いた。フェリクスだった。
稽古服のまま剣を握り、額に汗を滲ませるフェリクス。剣聖と謳われていながらも、こうやって鍛錬を怠っていないことに感心を覚える。
……と、フェリクスは素振りをやめた。
「……スレイかい?」
名前を呼ばれ、ちょっとだけ驚く。
ここで逃げ帰るのも変な話なので、諦めて彼に姿を見せた。
「気配だけでわかったのか? 凄いな……」
「ははは、たまたまだよ」
絶対嘘だろう。
フェリクスの休憩を兼ねて、二人で近くの芝生に座り込む。
「いつもこの時間に鍛錬をしているのか?」
「ああ。日中は雑務で何かと忙しいからね」
確かに、あの書類の量を処理するのは丸一日かかるだろう。
「にしても、剣聖とか言われてても、ちゃんと鍛錬はしてるんだな」
「そりゃ当然さ。何しろ、僕なんてまだまだ未熟もいいところだしね」
フェリクスは空を見上げながら話し始めた。
「自慢じゃないが、僕は幼少期から剣の才能が抜きんでてたんだ。並の兵士ですら圧倒して、単身で魔物を狩って遊んでいたんだ。その頃からだよ。剣聖なんて呼ばれ始めたのは」
「めちゃくちゃ自慢じゃねえか」
「まあまあ。……成長しても、僕は自分の才能に絶対の自信を持っていたんだ。だが、それがいけなかった。才に溺れた僕は、とにかく傲慢だった。周囲を見下し、弱者を蔑み、反抗する者は剣を以て黙らせていた。自分で言うのもなんだけど、最低だったと思うよ」
「へぇ……とてもそうは見えないな」
「きっかけがあったんだ。ある日のことだ。僕は、とある少女と剣の勝負をすることにしたんだ。別に大した理由はなかった。相手が僕よりも若い女性というだけで、侮り、痛めつけて悦に浸りたかっただけなんだ。だが、ここで予想外のことが起こった。弱いと思っていた彼女の剣の才は、僕を遥かに凌駕するものだったんだ。情けない話さ。天才だと自負していた僕だったけど、実際は秀才でしかなかったんだ。そんなただの秀才が本物の天才と勝負した結果なんて、言うまでもないだろ?」
フェリクスは、額の傷跡を指でなぞった。
「その傷は、その時の……」
「世界がひっくり返った心境だったよ。でもおかげで、目が覚めた。魔術で傷跡を消すこともできたけど、敢えて残したんだ。この傷は、自惚れをなくすための大切な勲章だからね。だから剣聖なんて言われるのは、ちょっとだけ、恥ずかしかったりするんだよ。自分よりも強い人を知っている分余計に、ね」
「あんたも、色々とあったんだな」
しかしながら、その少女の凄さたるや。少なくとも幼少期から剣の腕が凄くて単身で魔物を狩っていたような男に、そこまでの挫折をさせるとは。
そこまでの剣の腕を持つヤバい女性。興味本位ではあるが、是非とも見てみた――。
「…………」
ふと、とある人物を思い出した。
超絶的な剣の腕を持っていて、超絶的な魔法を使って、超絶的な非常識を持ち合わせる、哀しいかな、よーく知っている女勇者のことである。
「……なあフェリクス、その女性って、もしかして……」
……そこまで言ったところで、口を噤んだ。
「ん? どうしたんだい?」
「……い、いや……なんでもない……」
聞いたら負けな気がする。
なぜか知らんが、聞いたら負けな気がした。
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