第14話 最初の日

 御神刀の引き寄せは真太にとって難しかった。その為、中学の勉強の予習は出来てはいない。香奈ママは勉強の事は何も言わなかった。引き寄せの訓練の方が大事なのは分かり切っていた。

 三日前になり、真太はすっかり焦りを感じていた。昨夜、中学まで行って、実地訓練をした。ヒョロヒョロなら引き寄せる事は出来るが、一瞬で手に入れる事は出来ていない。ところが、以外とアボパパは平気そうな様子なのに気が付いた。アボパパの性格なら、真太以上に焦っていなければならない筈だ。真太は心配性のアボパパなら必ずそうだと思うが、今朝は千佳由佳と幼稚園に行って、千佳の鉄棒の技を見に行くつもりのようだ。

 真太の訓練は戻ってからするつもりなのか。気になって聞いてみた。

「パパ、俺の訓練は戻ってからするのか」

「おや、訓練は昨日で終わったつもりだったが。昨日の夜が仕上げだぞ。言っていなかったかな」

「あれで、仕上がっていると思うの」

「中学まで持って来れたじゃあないか」

「でも、ひょろひょろ時間がかかったよ」

「別に魔物は居なかったじゃあないか。必要も無いのに力は使わない。俺らは暇だとヘタレる。以前その話をしたはずだが」

「俺はヘタレのふりをしたつもりはないんだけど」

「パパもヘタレのふりをするつもりで、ヘタレている訳じゃあない。必要が無いとヘタレるという性だな。真太はパパ似だから、調子がいいと何処までもヘタレそうだな」

「この前は、たるんでいると言った事もあったのに、昨日は違っていたの」

「ずっと訓練していただろう。もう、たるんではいないぞ。お前、鏡とか朝見ないのか。たるんだ奴が見えたか、ちゃんとした奴が見えたか観察してみろ」

 アボパパは、そう真太に言って、千佳由佳と幼稚園に行った。

 そう言われた真太は、洗面所の鏡に映った自分を見てみた。さっぱり違いが分からないが、首を傾げじっと目を見た。ギョッとした。よく見ると人間の目ではないのに気付いた。暗いから瞳孔が開いていると思っていたが、目の玉は真っ黒い黒目がほとんどで、虹彩はどうなったのか。分かったのは、学校で目の検診は受けられないと言う事だ。しかし龍神は人間に化けているのでは?そう思うと、見る見る虹彩が出て来た。どうやら人間の目になる事を思い出したようだ。

 我ながら呆れる事態だ。人間風でなくては不味い。朝、鏡でチェックしてから中学に行くべきなのが分かった。

 アボパパの言い様では、昨日の御神刀の持って来方で合格だったらしい。何故だろう。真太は昨夜の事を思い出してみた。思い当たった事は、家からヒョロヒョロ来たわけでは無く、校庭に現れて、上からヒョロヒョロ、真太の手に来たのだった。そうだ、校庭迄はあまり時間はかからなかったし、昨日は魔物が居た訳ではない。合格なのだ。真太は前世も含めて、合格と言う言葉に縁が無かった事に気付いた。嬉しくなって、ソファでもう一度眠った。

 アボパパが戻ると、真太はソファで眠っている。呆れて言った。

「真太、訓練が終わった事だし、勉強でもしたらどうだ。ママは黙っていたようだが、転入試験はさんざんだったらしいぞ」


 勉強の方ははかどらず、いよいよ学校へ行く日になった。真太は、

「多分もう、ママは付いて来るべきでは無いな。中学の在りかは憶えている」

 そう言って一人で出かけた。

 香奈ママは、

「そりゃそうでしょうとも、お友達も行っている事でしょうしね」

 と後ろ姿に呟いた。出来れば眠らず過ごして欲しいものである。


 少し早めに出発していたが、柳君もそのようで、紅琉川の堤防を歩いていると、橋を渡って来るのが見えた。

 柳君は、

「お前、今日は調子悪そうだな。何だか歩き方がひょろついているぞ」

 心配してもらったが、実の所、アボパパも言っていたが、こういう時は元気いっぱいだ。

「別に」

 そう言いながら、右足が左足に躓き、転びそうになり慌てて体制を整える。そういう調子で、なかなか前に進まず、学校に着くころには、皆が大勢登校して来ていた。金沢君は、相変わらずママに送ってもらっているようで、少し離れた所で車を降り、こっちにやって来ている。

「何だか待ち合わせしたみたいだな」

 真太が柳君に言うと、

「あいつは俺の動向が分かっているみたいだ」

 と言う事だった。

 三人で校門を入って、職員室が最初だなと向かっていると、後ろから、

「転入生ね。三人ともスゴイ」

 と言う女子の声がする。何が凄いのか、真太がポカンと考えていると、後ろから、舞羅の声がした。

「真太、来たのね。今から職員室?翼、真太兄ちゃんと同じクラスだと良いね」

 と、只ならぬ声。 

 ギョッとして、振り向くと、まだ幼稚園児のはずの翼をおぶって、職員室方向へ行こうとしている。

「今、妙な事口走っていないか」

 思わず真太は問いただした。舞羅と翼、明らかに違和感のある有様である。翼は足にデカい添え木か何かがあるようだ。骨でも折れたのか包帯がまかれて、左足のズボンがパンパンだ。ひょっとして、昔のドラマの様に舞羅は弟のお守りをしながら中学に通っているのか?

 舞羅は、

「翼は誰に似たのか、頭良くって、先週小学校は終ったの、本当はずっと前終わっていたんだけど、真太の中学行きを待っていたのよ。変わり種同士で面倒見てもらおうと思ったの。足は土曜に階段から落ちたの。でも行くって言うから連れて来た。本当は中学も終わっていて、高校の転入試験を受けるのに通うの。多分、直ぐ高校に行くと思うの。足治るまで、翼おぶって教室移動してね。あたしはまだ一学年だからね。はい、渡しとくからね。翼、転入試験はオール百点だったから、真太の役に立つはずよ、きっと」

 そう舞羅はまくし立て、翼を真太に渡す。

 翼君、にっこり笑って、真太の背中に登って来た。

「じゃあねー」

 舞羅は手を振って、自分の教室に行くつもりらしい。真太は翼をおぶわされ、呆然としていた。金沢に、

「じゃあ、紅琉。一緒に職員室に行こうじゃないか」

 と促され、とぼとぼ二人の後に続いた。

 事務室では、先月から二学期だったので、転入生は他のクラスにもそれぞれ数人入っていて、今日の転入生は全員同じ三組に入る事になった事を、事務の先生に言われた。

 職員室に入ると、担任の五十がらみの先生がひとり残って待っていた。四人を見て事も無げに席を立ち、ひょうひょうとやって来て、

「担任の塩川だ。三組だからな。付いて来い」

 と言い、クラスに向った。

 真太はこの先生、今までで何かに驚いた事あるのかなと思った。中学の担任ともなると、一々驚いても居られないのかもしれないと感心した。

 三組のクラスに入り、自己紹介しろと言われ、三人は名前だけ名乗って終わりだが、翼は自己紹介が終わると質問攻めで、愛嬌良く、年やら、お勉強の仕方やら、色々答えている。

 異色の四人。一番違和感の有るのは翼なので、真太は助かったと思った。他の二人もそうだろう。皆に真太と翼の関係を聞かれ、真太は従兄弟だと言っておいた。

 先生達も、注目は利巧な翼である。真太は相手にされず、それに授業が終わる度に、翼をトイレにおぶって行く事となった。柳や金沢は、皆から今までの事を質問されている様だ。

 真太は実の所、翼の面倒を見て過ごして、注目を浴びる事も無く、助かっている。だが快適な時間は長くは続かない。

 昼休みになり、給食を食べ終わると、だんだん眠くなる真太である。

 ところが、只ならぬ気配でシャキッとなる。御神刀は、直ぐ手に持てた。大男が現れた。

 そいつはデカいくせに教室に入り込んでいて、座っているしかないありさまだ。相手も動きづらそうだが、こっちもどう切りつければ、急所を刺せるのか、ひょっとすると狙いはそこなのかもしれない。切っても直ぐ再生するし、急所に刀が届かない。はっきり言って、ピンチなのだった。

 思わず狼狽する真太である。翼に向おうとするのを阻止し、手や腕を必死で切り落としていると、外で遊んでいた金沢と柳が戻って来た。他の生徒は魔物が見えていないようだが、彼らは外から見えたのだろう。金沢が何か呪文のような事を言った。すると、魔物は小さくなっていき、ほぼ人間ぐらいの大きさになり、真太はやっと、魔物の止めを刺すことが出来た。魔物は消えていく。真太は疲労困憊だった。

「ありがとう、小さくしてくれて助かったよ」

 疲れて急に眠くなったが、柳に、

「その刀、隠さないと不味いぞ」

 と指摘され、はっとする。

「そうだった、持って来たのは良いけど。元に戻す元気が無くなっちまった。どうしようかな」

 すると、翼が、

「僕の添え木に一緒に巻いたら」

 と言い出した。『少し長すぎないかな』と言う感じだ。それに骨が折れているのに包帯をばらして、骨が悪くならないだろうか。

「でも、足は大丈夫かな」

 と聞くと、

「本当は足、折れていないんだ」

 と言い出した。

「じゃあ、何故そんな恰好をしているのか」

 と言い、追及したかったが、

「時間がないぞ」

 と二人に言われ、慌てて添え木にして包帯で巻き直した。

 セーフで、チャイムが鳴り出した。他の生徒が戻って来るが、柳と金沢が二人で散乱した机や椅子を元に戻し、教科書なども何故か持ち主の所に戻っている。不思議である。さっきまで眠かった真太だが、あまりの異様さにすっかり目が覚めている。午後の授業も眠らずに受け、キツネにつままれたような気分で、最初の中学での一日が終わった。翼をおぶって四人で校門を出ると、真太は気になっていた事を聞いた。

「さっき、金沢と柳で教室を元通りにしていたよな。教科書とかがバラバラだったのに、どうしてそんな事が出来たんだ」

「ふふふ、お前だけじゃあないぞ。妙な奴は」

 と金沢は言った。

「そう言えばパパが魔女がどうとか言っていたな。思い出した。柳は神主の孫でどうとか」

 柳は、

「金沢は、西洋の魔法使いの出だし。俺は陰陽師の生まれ変わりみたいだな。変なのが揃ったと言う事。翼は何なのかな」

 と聞くと、

「僕は、嘘がうまいだけだよ」

 と言う。真太はそれだけでは無いだろうと思った。

「ひょっとして、予知ができるのかな。先を見越して必要な準備をしているのか」

 と聞いてみた。翼は、

「どういう事。良く分からないなあ」

 と、これが又、良く分からない答えである。

「明日も、骨が折れたままだろうな」

 と聞くと、翼は、

「刀、隠すとこが要るだろ」

 と答えるので、これがやはり結論だろう。

 翼をおぶって、翼の家に先に行ったとしたら、御神刀が、バックからはみ出たまま帰らなければならないしなどと、真太が悩んでいると、アボパパが迎えに来てくれた。やれやれだ。

 柳と、金沢は慌てて真太から離れて行った。

「泊った仲じゃあないか」

 と言うと、

「真太が眠った後、泊まらず帰った」

 と言う。なるほど、てっきり泊まったと思っていたが、考えてみればそうだろう。

 二人と別れて、パパの車に乗った。

「翼君じゃあないか。もう中学生なのか。すごいねえ」

 アボが言うと、

「うん、でももうすぐ高校に行くんだ。そして来年大学行く事になっているけど、どうしようかな、真太といる方が面白そうだな」

「ほう、今日は面白い事があったんだろうな」

「畜生、俺は必死だったのに、翼は面白いときたか」

「そうだな、昼ごろ騒いでいたようだな。しかしたった一匹に手こずるなよ」

「そんなこと言ったって、デカくて急所に届かなかったんだ」

「化けていたんだろう、金沢君に助けてもらっていたな。いつも金沢君がいる訳じゃあない。先に化けの皮を剥がせ」

「どうやって」

「パパが今言った事、聞いていなかったのか。仕方ない奴。皮を剥せ」

「まだ赤ちゃんだってね」

「今日一日世話してやったのに、明日から松葉杖でも持って来いよ」

 真太がむっとして翼に怒ると、アボは、

「翼君にも世話になっただろう。翼君は凄いね。先の事が分かるんだね。それに、利口だから、対処の仕方も考えている」

 また褒められたが、翼君は、

「でも、もうすぐ魔物にやられて頭打つからね、そういう事できなくなるんだ」

 やけに冷静に答えた。

「香奈ママの結界は効かなかったの」

 真太は疑問の所を言った。

 翼は黙って首を振った。

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