第10話 快適な日々の終了
前の日に買ってもらった御神刀を入れたスポーツバックを持って、真太は学校へ行こうとしていた。足も大きくなっていたので、スニーカーもサイズの大きいのを買ってもらった。
紐靴なので、履くのに時間がかかる。だが学校では土足のままで、脱ぐことは絶対ないから大丈夫である。
アボパパが側に来た。
「今日からパパが送り迎えをしよう」
「いいよ、僕、柳君と通いたいもん」
「通いたいもんといった所で、自分の蒔いた種は自分で刈るしかないぞ。もうパパは、毎日魔物退治などやりたく無いからな」
「本当は怪我したんだろ」
「泣くなよ。怪我などしていない。疲れるから嫌なんだ」
真太はため息を一つついて、パパの車に乗った。
「新しいスニーカー買っても、うろつけないのか」
「しばらくは用心だが、奴らもじき諦めるさ。人間にとばっちりが当たっては申し訳無いからな」
アボパパはそう言って、真太を学校の門前まで送り、
「ママが学校に結界を張ったのは知っているだろう。人間がいるから、多分中には入って来ないだろうが、通学途中は危ない。パパが帰りにも来るから、中で待っているんだぞ。もし来るのが遅れても、柳君達とバスに乗るんじゃあないぞ。きっと誤魔化しがきかない位、収拾がつかなくなるからな。パパはあまり大勢になったら、人間に術を掛けにくいんだ。必ず言う事を聞けよ。もし不始末をしたら、この国に居れなくなるぞ。ママや千佳由佳とお別れだ。解っただろうな」
「解った」
真太はアボパパが、相当しつこく言ったのでそう答えた。しかし、校庭の隅でこっちを窺っているあいつを、パパが気付いていないのが以外だった。まだ具合が悪いのだろうか。
門の中から、パパの車が立ち去ったのを見届け、校庭の隅に居る奴に振り返った。振り返ったつもりだったが、すでに奴は目の前まで来ており、真太に襲い掛かった。
真太はバックから、御神刀を出すまでも無く、すでに手に持っていた。あっという間に倒し、急所を刺すと消えて行った。まだ朝の7時少し過ぎ位なので誰も居ないだろうとは思ったが、必死で刀をバックに入れなおした。中の二枚のシートの間にテープで止めた。剥したテープが、あまりくっつかないので心もとない。
「止め直さないと、落ちそうだな」
呟くと、
「お前スゲーな。今のは何なんだ」
真上から声がした。御神刀を、セットしている所を見られてしまった。
見上げると、よりによって、ロバートである。
「何だよ、やけに早く来たんだな」
「俺等より早く来たお前に、そう言われる筋合いは無いな」
「どうしてこんなに早い」
「お前と同じ、俺はママに送ってもらったけどな。お前んちのパパが居なくなるのを、交差点を曲がってこっちに来ずに、向うの校舎裏で隠れて居たんだ。ママにあの人怖いから行かない方が良いと言って、待っていた。お前のパパが帰ったから、来たら、お前が怪獣みたいなのを殺していたから、びっくりしたよ。何だよあれ」
「見ていたのか、そしてお前んちのママも。困ったな。もうママいないの」
「帰ったよ、度肝を抜かれて。家に一日中隠れているって。化け物に見つけられていないか心配だってさ。目撃者に危険が及ぶのか?」
「そんな事ないと思うけど。一応パパに聞いてみる」
真太はスマホを出し、パパに電話した。
「どうした」
「校庭の中に魔物が入って来たよ」
「なにっ。すぐ行く」
「それは良いんだ。俺が殺した。でもそれを金沢とそのママに見られたよ。ママはもう家に帰ったそうだよ。そう、一昨日の奴だよ。うん、じゃあね」
電話が終わるや否や、ロバートは大声で、
「あれは魔物なのか。その刀はそのために持って来たんだな。お前ら一体何者なんだ」
真太は考えたが、自分らにとっての日常を、ロバートに分かるように言えるだろうか。
「上手く言えない。説明が難しい感じだな」
その答えにも、ロバートは目を見開いた。
一時間目の授業が終わった時点で、アボパパが教室に来た。終わるのを待っていたらしい。
担任の坂田先生の所へ、つかつかと寄って行くと、気の毒な優しい先生は、恐怖で動けずにいる様だ。
「どうも、邪魔建てして申し訳ありません。私は紅琉真太の親類の者です。校長先生には先ほどすでに話しましたが、真太は今日で退学します。事情はちょっと申し上げにくいので、失礼いたします。真太、荷物をまとめろ」
「親類の者だって、バレバレなのに」
真太が呟くと、
「黙れ、お前、ばらしたのか皆に。こんなに大勢いたらパパは困ると、今朝言っただろうがっ」
「自分でばらしてやがる」
「言ってないのか、おのれっ」
「わあっ」
と皆が叫んだので、急にアボパパの雰囲気が変わり、
「では皆さん、真太がお世話になりました。真太、何か挨拶した方が良くは無いかな」
にこやかに言うので、真太は皆を見回すと、虚ろな顔で真太達を見ている。技を使っている。
「じゃあ、もう会わないと思います。僕の事は忘れてください。さようなら」
そう言って、教室を出た。アボパパについて行きながら、教室を振り返ると、柳と金沢が見送っている。なぜか、あいつらには技は掛かって居ないようだ。
「パパ、あの二人には掛かっていないよ。どうしてかな」
「仕方ない。柳君は川西神社の宮司の孫だし、あの金沢っていう子は、こっちに来る前、家に寄ってママを見たら、西洋の魔女の様な人だった。白魔術の様な事をするそうだから良かったけれど、黒いのだったら、困った事になっていたが。俺らの事は、黙っていてくれるそうだ。だから、覚えていても大丈夫だろう」
「そうなの、それで僕ら、今からアマズンに行くの」
「いいや、アバが、五月蠅いから戻って来るなと言って居る。だからずっと家に居るしかない。退屈だろうが仕方ない。ママの結界はもう本当に、お前には効かないみたいだ。しばらくパパと一緒に居よう」
「うん、ママ達と別れなくて良かったね。アバが戻っては駄目だと言って良かった」
「ああ、良かったな」
次の日からは、千佳由佳が幼稚園から帰って来るまでは、真太とアボパパは差し向かいの日々である。真太は家に居る事は、退屈と言えば退屈だと思う。アボパパの見解の影響である。だが、ソファで寝ころび、ゴロゴロしているのも、別に苦にはならない。別に気にしていない事は、アボパパにも察せられている。
しかしアボパパの方が苦にしていた。食っては寝る真太の日々、太って来るし、気分もすっかりだらけて来ている。心痛でアボパパは、やつれてきたように見える。真太はゴロツキながら、アボパパが気になって来て、観察した。
『心痛では無くて、具合が悪いのではないだろうか。千佳があの時、死んだのかと思ったと言っていたし、これはやつれた状態と違うか?』真太はそう思うと、思いついたことはすっきりするまで、追及してしまう。
「パパ、最近やつれていないか」
「そう見えるか。お前が段々だらけて来て。良い傾向では無いんだ。このままでは良くないな。だから困っている」
「そうゆうのは表向きの理由だろ」
「ほう、裏の理由があるのか」
「どこか、具合が悪いんだ。この間の深手が治って居ないんだ」
「何処の間の深手だって?」
「恍けても、察しているからな。もう。アマズンの水にでも浸かった方が良いんじゃあないか。きっと故郷の川の気を吸えば治るんじゃあないかな」
「御心配は有難いが、全くの誤解だ。俺は今までで一番の絶好調だ。元気無さそうに見えるのか。それは良かった。俺らの間では、弱そうに見せるのが、生きて行くうえでの知恵さね。敵を油断させて、隙をついて、やっつける。基本の技だな」
アボパパの呆れた話に、真太はかなり驚いた。
しかしそれは本当のことかもしれない。この前、最初に学校に来た時、何時に無く怖く殺気を感じた。あれは怪我をして弱っていたからであり、今、絶好調と言う事は、元気無いように見えるだけで、力を隠せていると言う事なのだろう。
「なるほど、そういう事なのか。じゃあ、俺も外では、たるんでだらけて見えて、丁度良いんじゃないかな」
「お前の場合は見えているというより、事実、覇気が無くなっている。実態がへなへなして来ているんだ」
「だってもう、一週間ごろついているし」
アボパパは、むっくり起き上がると、
「一週間ならもうだいぶ過ぎたと言えるな。地獄の感覚はもっと長いはずだ。シンが地獄の時間は、こっちよりかなり長いと言って居たからな。外に出してみるか。でないと俺もどうかなりそうだ。心痛でな」
真太はアボパパが、今思いついている事は、快適な日々を終わらせると言う事だと分かった。
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