第8話 本当は怖いアボの登場
次の日学校に行く用意をしながら、真太は香奈ママに聞いてみた、
「ねえ、忌引きって何日来ないのかなあ」
「えっと、お婆さんは多分三日、二親等だから。親や子供は一親等で、七日で、二親等の祖父母や兄弟は多分三日だったわね」
「決まっているの」
「学校は多分そんなだと思うわ。会社とかはそれぞれ規則があるけど」
「ふうん、まだあと二日居ないんだな」
「お友達になってくれたのね。さみしいだろうけど、頑張って一人で過ごしていてね。他の子とも仲良くしてみたら」
「良く分からないな、どうすればいいか」
「そうなの。じゃあ仕方ないわね。さあさ、早く出ないと間に合わなくなるわよ」
香奈ママに言われて、家を出たものの、ママの心配どおり駅近くまで行ってみると、乗る筈の列車は走り去っているのが見えた。真太はどうしようかなと思ったが、この間、パパと空を飛んだことを思い出し、ひょっとしたら、飛んで行けるのではないかと思った。シンにも連れて飛んで帰ってもらったので、その時の雰囲気を思い浮かべた。
しかし他の人に見られる訳にはいかないので、少し離れた高台にある公園まで行き、そこから飛んでみる事にした。そこまで行くのに時間が掛かったので、早くしないと遅刻してしまう。イメージを浮かべると、予想通り飛んで行けた。
出来る限り急いで飛んでいると、どうも、来ている服が邪魔な感じがしてきた。自分の様子を見てみると、妙な感じに変わっている。服が脱げそうになっている。これは龍に変わっていると言う事だろう。服を持っているバックに入れるべきだと思うと、いつの間にか入っていて、バックは大部重くなり、腕がだるい。腕を見ると、バックを持つには少し無理な腕の感じになっている。仕方なく咥えると、随分飛びやすくなった。しかし早くしないと遅刻になる。
必死で急ぐと、何だか熱くなって来た。龍は汗がかけないようで、日差しが体に当たっているのが、熱くてたまらない。人に見られないように結構高く飛んでいるから、太陽に近い所為だろうか。しかし、真太はこの理由は当てはまらないと思った。このくらいの距離では、此処でも地上でも、太陽までは大した差はないはずだと思った。必死で飛ぶせいである。急に雲が出て来た。助かったと思った。
しかしよく見ると、雲は真太の真上しかない。不審に思って上目遣いに見ると、黒い大きな雲に見えるが、龍神である。見覚えがあった。極み爺だ。久しぶりに会う。しかし魔物がいる訳でもない筈だが、良くうろつけるものだ。それとも近くに魔物が出たのだろうか。
それにしても、段々口にくわえたバックが重く感じられる。涎もだらだら出て来て、これでは服が涎だらけかもしれない。思わず、爺さん運んでくれないかなと考えた。すると気持ちが分かったと見えて、下に回り込んでくれた。やれやれである。極み爺に乗っかり、辺りを見回すと、行き過ぎているのに気が付いた。しまったとばかりに、戻ってもらい、それでも学校近くは不味いので、少し離れた公園に降りた。極み爺の上で着替えておいたので、時間が節約できた。
『ありがとう、爺さん』
手を振って別れて、バックの中にいつの間にか入れていた腕時計を見ると、走らないと間に合わない時間である。真太は必死で走って校門に入り、チャイムがあと少しで鳴り止むタイミングで教室に滑り込んだ。
席に着くとゼイゼイ言ってしまった。
「わあ、紅琉さん、セーフだったわねえ。バスに乗っていなかったってみんなが言うから、列車に乗り遅れたものと思っていたけれど、乗り遅れたのはバスだったのね」
先生に、にっこりされた。真太も何時ものように、にっこり笑い返した。そして少し上を向いて、深呼吸を一つ吐くと、そのまま不覚にも眠ってしまった。
眠っていると、何だかたどたどしい物言いが気になり目が覚めた。
いつもの滑らかな先生の本読みと違い、つっかえつっかえなのでイライラしてきた。思わず、
「何だよ、五月蠅くて寝られないじゃあないか」
と言ってしまい、不味いことに気付いたが、辺りは爆笑である。
「五月蠅くて悪かったな。それじゃあお前が読め」
と後ろから怒った声がし、仕方なく、
「ごめん、俺、字は全く読めん」
と白状するしかなかった。また爆笑である。
「それなら偉そうに言うな」
そう言われて、寝起きの赤ちゃんはおかんむりである。
「偉そうになんか言っていないだろ」
と怒鳴って振り向くと、横には柳がもう来ており、後ろから怒って言っている奴は、何となく昨日から感じの悪い奴だと思っていた、西洋人ハーフの、ロバート・W・金沢だった。あまり関わりたくなかったのに、寝起きでまずい事を言ってしまっていた。
仕方なく成り行きで睨み合っていると、
「あらあら、喧嘩はやめてね」
と先生に言われ、真太は前を向いた。
柳が小声で、
「お前、不味い奴に喧嘩吹っ掛けたな」
と言った。言われなくても分かっていたが。
「忌引き三日じゃあないのか」
「あ、ホントの祖母じゃあないんだ。遠縁の婆さん」
「ふうん。朝来た時は居なかったな」
「職員室にママと一緒に行って挨拶していたんだ。葬儀に教頭が来たから」
「そうなの」
今日の時間割には、体育が無いのでほっとする真太。あれば疲れていて、まともに授業を受けられなかっただろう。こういう事、前にもあったな。なんだか記憶にある。真太は、前世にもあった事を思い出した。
それにしてもロバートに睨まれて、トイレにも行けぬ状況である。昨日、他の生徒から聞いた話で、彼は家がボクシングクラブを経営していて、喧嘩に強くて、吹っ掛けて来るのも得意で、嫌われている様だった。彼に吹っ掛けられるまでも無く、こっちから吹っ掛けてしまってはどうしようもない。幸い、今日は教室の移動はない。彼も昼ご飯を食べない筈は無いので、それまでの辛抱である。昼休みには彼が食べ終わったころに、食堂に行き一日逃げ回った。
しかし、とうとう授業が終わり帰るしかない。校門で待っている事が分かっているので、どうしたものかと、教室から外を見ていた。柳君が帰らないのかと問うてきたので、
「あいつが校門に居る」
と言うと、
「構うものか、俺と喧嘩したときは互角だった。何かあったら助太刀してやろう」
と言ったが、これ以上迷惑はかけられない。
「何がこれ以上迷惑なんだ」
と聞くので、真太は思った事がつい口をついて出て来るらしいことに、気が付いた。
困っていると、嬉しい事にパパの車が校庭の外側にあるのが見えた。何故か分からないが、嬉しい限りである。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
「急に帰る気になったな。どうした」
と柳も外を見た。彼も見慣れぬ車に気付き、
「あれで、帰る気になったんだな」
「親父の車だ」
と言う事で、一緒に校門近くまで行くと、ロバートに、
「ちょっと、顔を貸せよ」
と又、中に連れて行かれそうになったので、
「貸せないよ」
と言って、アボパパの車の方に走って行こうとすると、
「待てよ、紅琉」
と、行く手を遮り行かせまいとする。だが、それを振り切り真太は走った。もめているのが見えたらしく、アボパパが車から出て来た。
「どうした。あの子が用らしいぞ」
「何でもない。帰ろう」
事情を言うのも、真太としては不利なので、しらばっくれて帰りたい所である。
ロバートは、追いかけようとしたが、アボパパの只ならぬ気が分かったと見え、つんのめるように止まると、踵を返し素知らぬ顔をして立ち去ろうとした。
賢い奴と、真太は思った。しかし、アボパパは見逃さず、
「そこの君、真太に用じゃあないのかな」
物言いは優しいが、詰問である。
「え、僕の事。いいえ別に」
とぼけるロバート。横で柳君は笑っている。
『さっさと帰れよ』
と真太は思うが、バスを待っているので、去る筈も無い。ひとバス乗り遅れているから10分はここに居るだろう。
「しかし紅琉と言って居ただろう」
アボパパの追及は続く。
「あ、バスに乗らないのかなと思って」
『こいつ、知恵がある』
真太は感心して見ていた。
「君達、バスを待っているのか。そっちの君は柳君だろう。送って行こう、二人とも。まだ当分、バスは来ないだろう」
風向きがこっちに来たのに驚いた柳君、
「僕はバスに乗るのが好きなんです」
必死の言い訳を吐く。
「そうかい。じゃあ、真太に用のある君だけでも乗りなさい」
「えっと、用事の事、今ちょっと度忘れして」
「乗ればきっと思い出すさ」
驚くような、アボパパの凄味のある台詞である。真太は今更ながら、パパには逆らえないと思った。
ロバートは、
「すみません、もうしませんからっ」
最敬礼で、許してほしそうである。
「何をしないと言って居るのかな」
ホントに判らないようなアボパパ。さっきの凄味は何だったのか。しかし、きょとんとするのはきっと芝居だろう。するとロバート君、
「絶対、紅琉君を殴ったりしません」
アボパパは分からない様子だったのに、白状してしまった。
「そうなのか。所で、真太はどうして殴られねばならぬのか」
パパは振り返った。やはり話の向きはこっちに来た。
「パパはどうして迎えに来たの」
真太が聞くと、
「話をそらすな」
凄味もこっちに来た。
「金沢君、乗って帰って良いよ」
「いやだね、もう謝ったし」
「柳君は」
「バスが好き」
「僕もバスが好きなんだけど。今朝は乗っていないし」
アボパパは、
「そうそう、今朝の事で迎えに来たんだ。さっさと乗れ」
と言い出し、叱られそうなことが、2件ある事が分かった真太である。
車に乗ってしまうと、
「乗り遅れたら、家に戻ってこい」
パパは怒っていた。
真太が立ち去った後、バス停に残った二人は、
「あの人、何だか怖かったなあ」
「紅琉には手出し出来ないな。何だか震えそうになったぞ。まだ寒い」
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