第50話 緊急避難

「ルクスっ!?」「ルクス様っ!?」

「――え? あれ……? なんだろね、これ……」


 突然のことに理解が追い付かない。

 でも、僕を見つめるふたりの表情から、非常にマズイことが起こっているのだけはわかった。


 ズボッ!!


 腹から飛び出ていた氷柱が引っ込むと同時に、僕は地面に倒れ込んだ。脚にも腕にも思うように力が入らず、起き上がることができない。服にジワジワと血が染み込んでいくのがわかる。


「テケリ・リ! テケリ・リ! まずは一匹!」

「ルクスっ! メア、『回復』! 急いで!!」

「は、はいっ!」


 ふたりが慌てて駆け寄ってくる。

 ティアナは僕の身体を仰向けにして抱きかかえてくれた。メアは震える手で僕の腹を押さえてくる。ふたりの手が触れているところが温かい。逆に、他の部分はどんどん熱が抜けて、冷たくなっていくようだった。


「ちょっと! 血が止まらないじゃない!! なんとかしなさいよ!」

「こ、これでも精一杯やってるんです! し、静かで集中できるところならまだしも、こんな場所でなんて……わ、わたしっ!」


 ふたりの言い争う声が聞こえる。でもそれも、まるで水の中にいるみたいにくぐもっている。

 ……あれ? 僕、今けっこう本気でマズイのかな?


「……静かで集中できる場所があればいいのね?」

「ティアナ様?」


 ぼやけた視界に、ティアナの顔が近づいてくるのが映る。

 なになに、キスでもしてくれるのかな……? あー、それなら僕、死んでもいいな~。


「ルクス、聞こえる? あとでいくらでもぶっ倒れてていいから、今だけ頑張って! アンタのスキル、『ルーム』を使いなさい! 今すぐっ!」


 え~、怪我人使いが荒いなあ……。 身体中が重くて、口を開くのもダルいんだけど……。


「お願いよっ! あとで何でもひとつ、言うこと聞いてあげるから!!」


 ……なんでも? 本当に? 「やっぱりナシ」とか言っちゃダメだよ? メアも聞いたよね? いざとなったら証人になってくれるよね? よーし、それなら……。


「ルー……ム……」


 僕は(ご褒美のために)なけなしの気力を振り絞ってスキルを発動させる。

 目の前に突如、ドアが現れる。『ラブホ』で見た、あの部屋のドアだった。


「ド、ドア? あれ、ドアの向こう側にだけ部屋がありますよ? こっちから見たら何もないのに! こ、これっていったい……!?」

「詳しく説明してる時間はないわ! とにかく、このドアの向こうなら邪魔は入らないから! 12ターム(時間)あげる! なんとしてもコイツを助けて!」


 ティアナは叫びながら、僕とメアをドアの中へと押し込んだ。


「オイ! お前らナニしてるデス! 逃がすと思うデスか?」

「ティアナ様も早く!」

「あーうん……もしかしたら三人でも入れるんじゃないかって、ちょっとだけ期待したんだけど、やっぱり無理みたい。ほら、なんか見えない壁があって入れないのよ」


 ティアナがパントマイムのようなジェスチャーをする。ドアを境に、あちらとこちらで空間が遮られているようだった。

 部屋の外と内で時間の流れが異なる空間。どんな力でも壊せない扉。スキル『ルーム』。『×××しないと出られない部屋』。

 

「まあいいわ。12ミーツ(分)くらい、ひとりでなんとかするから。……早く戻ってきてよね!」


 ショコラの怒り狂った叫び声が聞こえる。

 無茶だ、あんな化け物をひとりで相手するなんて!

 

「ティ……アナッ……!」

「……死んだら許さないわよ」


 ドアが閉まる瞬間、微かに笑みを浮かべたティアナの横顔が見えた。

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