第49話 君が望まない真実

「ナナナ、なにを言い出すデス? ショコラはあんな奴のことナンテ……///」

「……『ツンデレ』っていうだよね、そういうの。異世界小説に出てきた言葉だけど」


 やっぱり図星だったか。

 ツンケンした口調だったけど、彼女が主人を指して使う言葉には、どこか愛着を感じさせるような優しい響きがあった。

 なんとなく、ティアナのしゃべり方に似てたりするんだよな。不思議なんだけど。

 ショコラは、『分裂』していた個体をふたりを拘束している個体に集合・合体させつつ、それでも僕の言葉に耳を傾けている。よし、興味は引けたみたいだ。

 僕は小さく息を吸うと、スライム娘を見上げた。

 そして投げかける。彼女にとっては残酷な言葉を。


「キミ、自分の生みの親である『探求』のラッキースケベは、『今はここにはいないけど、いつか帰ってくる』って思ってるんだよね? でも、彼はもう二度と戻ってこないよ」

 

 それを聞いた瞬間、ショコラの半透明の顔から表情が消えた。



『今度はアナタたちが、暇潰しに付き合ってくれるデス?』

『アナタたち弱すぎて、アイツが帰ってくるまでの暇潰しの相手にもならないデスよ』


 ゴブリンクイーンたちを追い回していたのも、僕らを襲うのも、彼女にとっては『暇つぶし』。

  彼――『探求』のラッキースケベ―—がこのダンジョンに帰還して、再会が果たされるまでの、ただの『暇つぶし』。

 

「ずっと――ずっと待ってるんだよね? 彼が帰ってくるのを。でもいったい、どれだけ彼を待ったんだい? どのくらいの時間が過ぎたか、考えたことはあるかい?」

「オイオマエ、ナニヲ――」

「君たち『魔物』は基本的に長命だよね。特にスライムの寿命は、本来すごく長いんじゃないかって言われてるよ。弱い個体が多いから冒険者に刈られてしまうことも多いんだけど、人が来ない場所でははるか古代の特徴を残した個体が発見されたって記録もあるそうだし――」


 僕は、彼女の言葉をさえぎって続ける。


「でも、僕ら『魔族』の寿命はそこまで長くない。人間と大差ない、長くても百年ちょっとってとこだよ。……人から聞いたんだけど、ここが廃ダンジョンになってからずいぶん時間が経ってるはずだ。彼がまだ生きてるなんてことは、時間的にあり得ないんだよ」


 それに僕は、最初から『答え』を知っている。


『ここはかつて、先代『色欲』様が懇意こんいにされていた、『ラッキースケベ』という御方が支配されていたダンジョンです。ラッキースケベ様はすでにお亡くなりになっており、跡を継ぐ者もなく、今は廃ダンジョンとなっています』


 そう。アンナさんは言っていた。彼女の待つ『彼』は、もうこの世にはいないって。

 彼は、曾祖父と一緒の時代を生きた、過去の人なのだ。


「キミが度々口にしていた言葉にも、違和感があったんだ」

 

、メスゴブリンにはべってたデカいオスを、一匹喰っておいたんデスよ』

『この姿は、喰った人間のメスのものデスよ』


「ゴブリンクイーンたちを襲ったのも『こないだ』、人間の僧侶を喰ったのも『こないだ』。クイーンたちの件は、本当につい最近の出来事だったかもしれない。でも、ごく一部の人間しか存在を知らないはずのこの廃ダンジョンに、冒険者が迷い込んだことまで最近だったってことは、あり得ないはずなんだ」

 

 永い時を生きるスライム娘にとっては、どちらも大差ない過去の出来事だったのかもしれない。でも、その時間感覚のズレが、悲しいすれ違いを生んでいたとしたら。

 僕は、捕まった仲魔を助け出す隙を作るために、あえて彼女の望まない真実を口にしたのだった。


「……テケリ・リ。テケリ・リ。言いたいことは、それだけデスか……?」


 僕は静かにうなずく。


「アイツがもう、帰ってこナイ……? ナニ言ってるデス……? アイツは言ったデス……。『必ず帰ってくるから、ここで待ってろ』って……。ソウ、イッタンデス……」


 ショコラの半透明の身体の奥から、プクプクと気泡が沸いてきたかと思うと、それが急激に激しくなる。薄青かった身体は、今や紅く変色していた。


「イイカゲンナコトヌカスナッ! アイツハカナラズカエッテクルッ! オマエハモウシヌガイイ――デスッッッ!」


 怒りの形相のショコラが、僕に向かって上半身を伸ばして突っ込んでこようとした、その刹那!


「獣王撃っ!!!!」  


 ティアナとメアを捕らえていた触手が弾けとんだ。


「ティアナ!」

「バカッ! アオりすぎよっ!」


 捕まりながらも『回復』をかけてもらっていたのだろう。ティアナがメアと一緒に脱出したのだ。


「ルクス様~! 怖かったです~!」

「メアもよかった! ふたりとも、このまま地下五階の『セーブポイント』まで、」

「サセネーッテイッテンデスヨッ!!!!」


 ズンッ!!


 僕らがスライム娘に背を向けて駆け出した瞬間、激しい衝撃とともに腹部に鋭い痛みが走った。

 なんだろうと思って顔を下に向けると、僕の腹から、鮮血をしたたらせた氷柱つららのようなものが生えているのが見えた。

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