第48話 究極の選択

「メア! 僕が時間を稼ぐから、ティアナに『回復』を!」


 僕は、壁に叩きつけられて動けないでいるティアナの前に飛び出すと、マジックポーチから『ゴブリン⭐バット』を取り出して構える。

 斬撃主体の魔剣は、スライム娘に対して通用しなかった。なので、打撃武器である『ゴブリン⭐バット』に持ち変えたわけだが、先ほどのティアナの蹴り攻撃の結果を見るに、こちらも効果の程は大差ないだろう。

 だが、短時間でも相手を食い止められるのであれば、今はやってみる価値は十分にある。


「キャー、そんなので叩かれたら痛そうデスね。逃げなきゃデス。ホラ、鬼さんコチラ!」


 ショコラはからかうような口調でそう言うと、身体を不定形に変化させ、石畳の割れ目の中へと入っていってしまった。

 

「なっ!? どこに行った!」

「ニュル~ン。こっちデスよ!」


 声のした方を振り返ると、別の割れ目から上半身だけを出して、スライム娘が嗤っている。


「このっ!」

「おっとアブナイ!」


 僕がバットで叩く寸前、再び割れ目の中へと姿を消してしまう。そして、また別方向から声が響く。


「こっちコッチ!」

「くそ、逃げるなっ!」

「残念、こっちデス!」

「そっちか!」

「惜しい! いい線行ってマシタよ!」

「今度こそっ!」

「それそれ、頑張ってクダサイ!」


 これじゃまるでもぐら叩きだ。

 寸でのところで、すべてかわされてしまう。相手は余裕シャクシャクなのに、こちらはすでに息を切らしてフラフラだ。


「もうバテたんデスか? しかたないデスね~。それじゃあ、ボーナスタイムですヨ!」

「ゼーゼー……、ボーナス……タイム……?」


 ショコラの姿が割れ目に消える。

 次の瞬間。


「コッチ!」「コッチ!」「コッチ!」「コッチ!」「コッチ!」「コッチ!」「コッチ!」「コッチ!」「コッチ!」


 九体ものスライム娘が、あちこちの穴から一斉に飛び出した! 


「うわっ!」

「テケリ・リ! テケリ・リ! ビックリしまシタか? スキル『分裂』デスよ! ほらほら、腰抜かしてる場合じゃないデスよ?」


 手前にいた一体が、意地の悪そうな顔をして言う。その直後、背後から悲鳴が上がる。


「キャー! ルクア様ー!」

「クッ……!」


 見ると、さらにもう一体のスライム娘が、ティアナとメアをワームの触手のようなもので、まとめて絡め取っていた。


「ティアナ! メア!」

「テケリ・リ! 呑気にもぐら叩きなんかしてるから、仲魔が捕まってるのに気付かないんデスよ!」

 

 クソッ! 油断していたつもりはなかったのに。まさか『分裂』なんてスキルがあるなんて。ましてや、それを使って陽動までしてくるなんて! コイツ、強いだけじゃなく、知能も高いみたいだ。


「まったく。アナタたち弱すぎて、アイツが帰ってくるまでの暇潰しの相手にもならないデスよ。ゴブリンどもより知恵はあると思って、多少は期待していましたノニ。サテサテ、どうしたらもう少し楽しめますカネ~?」


 そう言って、スライム娘は嗤った。

 


(メア……、メアったら……)

「……ティアナ様?」

(しっ! 声を抑えて……。あのね、この体勢でも『回復』ってかけられる……?)

(は、はい、可能です……。手のひらとか、体の一部とかが触れてさえいれば……)

(そう、じゃあお願い……。スライム娘に気付かれないように静かに、でも、できるだけ早くね……。なんとか動けるくらいには回復させてもらえると嬉しいんだけど……)



 ショコラは少しの間思案をしていたかと思うと、不意に邪悪な笑みを浮かべた。


「ショコラ、いいことを思い付きまシタ。アナタ、このふたりのうち、どちらか片方を選んでクダサイ。選んだ方のメスとアナタの命は保証してあげマショウ。その代わり、もう片方のメスにはヒドイ目にあってもらいマス」


 そう言いながら、触手をキリリと締め上げる。捕まっているふたりの少女の口から、苦悶の声が漏れる。


「まずは裸にひん剥いて、それから身体中の穴という穴に侵入してやりマス。あらかじめ脳と全身の神経をいじくって感度を何倍にも上げてやりますから、きっと悶えマクルと思いマスよ? そして快楽地獄の中、ゴブリンどもの立派な苗床になるよう、徹底的に調教してやるデス!」


 「テケリ・リ! テケリ・リ!」と、再び奇妙な声で笑うスライム娘。

 僕は、沸き上がる怒りで身体が震えるのがわかった。これほどの怒りを覚えたのは、生まれて初めてだった。

 しかし反対に、頭の芯は不思議と冷めていく。

 今、僕にできること。目の前の相手の注意を、ふたりから自分にそらす。そのためにアイツにぶつける『言葉』の材料を、記憶から拾い上げ、再構築していく。


「テケリ・リ! さあ、選ぶ相手は決まりましたカ?」

「……ふたりとも大事な仲魔だ。どちらか片方を選ぶだなんて、僕にはできないよ。……君にだって、大切な人がいるだろ? 姿を消した、ダンジョンマスターとか――」


 そして僕は、『彼女ショコラが望まない真実』を告げる覚悟をした。

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