第47話 スライムレディ

「『スライムレディ』……? そんな種族、聞いたことないわよ!」

「テケリ・リ! そりゃそうデス。『スライムレディ』はショコラわたしただ一匹。ショコラこそが『スライムレディ』なのデスから」

 

 半透明の少女はキンキン響く、甲高い声で笑った。


「ショコラは、『探求』のラッキースケベによって生み出された実験体デス。元は普通のスライムでしたが、あの男に『進化』の権能を付与され、無限に喰らい無限に進化できるようになりマシタ。この姿は、こないだ喰った人間のメスのものデスよ」

「権能を付与された……?」


 『権能』とは魔族一人一人が持ちあわせる、“力”の『方向性』というべきもので、HP(生命力)・MP(魔法力)・BP(戦闘力)といった数値パラメータの伸び方や、取得できるスキルの種類に関わってくる。

 しかし『権能』は、覚醒の時期に個人差はあるものの、本来『生まれつき』の性質であるはずだ。後天的に付与するなんてこと、できるのだろうか?

 それも、『魔族』でもなく、ただの『魔物』であるスライムにだなんて。


「そんなこと不可能だ、と思いマスか? でも、それを可能にしちゃうのが、あの男のイカれたところなんデスよ。事実、ショコラは喰って喰って、そして『進化』するんデス。――ホラ、こんな風に」


 ボゴォッ!


 突如、少女の姿をしたショコラの右腕だけが異様に膨らんで、空手だったはずの右手に巨大な金棒が握られていた。

 いや、その金棒にしても身体と同じ半透明だったので、あくまでシルエットでそうと思っただけだ。ごく最近目にした、あるものを思い出して。


「ふたりとも下がって!」


 僕は叫びながら、自分も慌てて跳び下がる。


 ドガァァァァァァァン!


 直後、落雷のような音が響いて、目の前の石畳に大穴が空いていた。

 この威力。先日戦ったホブゴブリンの攻撃を彷彿とさせるものだった。


「テケリ・リ! こないだ、メスゴブリンにはべってたデカいオスを、一匹喰っておいたんデスよ。ネ、これで信じてくれマシタか?」


 少女はケラケラと笑いながら石畳から腕を引き抜く。腕はスルスルと縮んで元の大きさと形になった。


「やっばいわね、コイツ……。どうやら本当にゴブリンクイーンたちを痛め付けた奴みたいね……」

「あいつらが死に物狂いで逃げてた奴って、コイツってこと……なんだよね?」

「あ、あんな強かった魔物たちより、格上な魔物なんて~……」


 三人とも、昨日の死闘を思い出して青ざめる。クイーンたちだって、僕らにとっては『どうにか倒せたレベル』だった。あれより強い魔物。そんなものに勝てるのか。


「サア、自己紹介はこのくらいにして、そろそろショコラと遊んでくだサイよ!」


 突如、スライム少女の上半身が伸び上がり、空中を滑るようにしてこちらに突っ込んでくる。

 僕は反射的に魔剣を伸ばすと、相手に向けて袈裟懸けにそれを振るう。刃は確かに敵の肩口から反対側の脇の下を通過した……のだが。


 プルンッ!


 まったく斬れた様子がない。粘度の高い水の中を、くぐらせただけのような感じだ。


「斬撃が効かないっ!?」


 これまでだって何度もスライムと戦ってきたが、斬撃が通じなかったことなど一度もなかった。

 彼らはゼリー状の身体はしていてもちゃんと斬れたし、切りつけた時もこんな感触しなかった。 


「テケリ・リ! くすぐったいデスよ!」


 ボゴォッ!


 再び、少女の右腕にホブゴブリンの腕が再現される。空中を突進しながら、巨腕による攻撃が繰り出される。


「ティアナ、あぶない!」


 巨大な拳がティアナめがけて迫る。

 ティアナは構えを解かないまま、最低限の動きだけでそれをかわす。拳がわずかに頬をかすり、真横に赤い切り筋が走ったが、一瞬だって瞳を閉じることすらしない。すごい胆力だ。

 

「獣・王・脚っ!」


 すれ違い様、ティアナの上段後ろ回し蹴りが炸裂する。完璧なカウンターだ。蹴りの速度と敵自身の突進の速度。そのふたつが合わさった結果、威力を倍加された蹴りがショコラの顔面を粉砕する。


 パァンッ! 


 半透明の頭部が爆発・四散する。

 ひー、グロテスクだ……。でも、これでやったか!?


「今のうちに逃げるわよっ! 急いで地下五階の『セーブポイント』へ!」

「えっ!? 今ので倒したんじゃないの?」

「バカね! あんなの効いてるわけないじゃない!」

「ソウソウ。効いてるわけないデスよネー!」


 奇妙な笑い声とともに、ジュクジュクとスライム娘の欠けた頭部が再生され始める。

 加えて、地面に飛び散った欠片がウゾウゾと動き始め、ひとつひとつが意思を持ったかのようにピョンピョンこちらに向かって跳ねてくる。

 欠片たちは僕らに接近するや、大きくバウンドすると、それまで柔らかかった身体を氷柱のように硬質化させ、僕らめがけて襲いかかってきた!


「キャッ!」

「メア、大丈夫っ!? ……って、ギャーッ! 尻に刺さった!」


 地面から飛び出す針の雨に、僕とメアはその場から動けなくなる。避けるか、手持ちの武器でなんとかして叩き落とすしかない。


「ふたりとも、大丈夫っ!?」

「アナタこそ、他人の心配してて大丈夫デス?」


 背後からの声にティアナが慌てて振り返ったのと、ショコラの巨腕が振り抜かれたのは、ほぼ同時だった。

 とっさに身体の前で腕を交差させ防御するも、拳に吹っ飛ばされて離れた壁に激突する。


「カハッ――!?」

 

 背中を壁に擦りながら、そのままズルズルと崩れ落ちるティアナ。

 

 ヤバいヤバいヤバい! コイツ、強すぎるっ!

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