第46話 はぐれ聖女

 地下六階もまた、石畳の迷宮のようだった。

 これまで以上に警戒しながら進む僕らの耳に、なにかの音が聴こえてきた。


「――泣き声?」


 通路の奥、曲がり角の向こうから、誰かのすすり泣く声が聴こえてきた。

 僕らは顔を見合せると、角からそっと顔を覗かせ、そちらを確認する。


「女の人……?」


 曲がり角の向こうは、天井の高い広場のようになっていた。

 その薄暗い広場にポツンとひとり、白い服の女性がうずくまって泣いていた。うつむいているため顔は見えない。ただ、服装から推測するに、人間の女僧侶のようだった。

 冒険者だろうか? パーティーでダンジョンに潜ったものの、仲間とはぐれたか、または自分以外のメンバーを魔物に全滅させられたのかもしれない。


「魔物じゃないみたいだね。僕、ちょっと話を聞いてくるよ」

「あ、こら、待ちなさい!」


 僕ら魔族と人間は本来敵同士なのだが、こうしてダンジョンで出会ったのもなにかの縁だし、相手は戦闘職じゃない僧侶だし(それにどうやら女の子だし)、話くらい聞いてもいいんじゃないかと思ったのだ。

 なんなら、地下五階の『セーブポイント』まで引き返して、地上に送ってあげてもいいかもしれない。ダンジョンに出会いを求めるのは間違ってますか?


「あの~、大丈夫ですか?」

「え……? あ、あなたは……?」


 僕の呼び掛けに顔を上げたのは、長い金髪の少女だった。年齢は僕らと同じくらい。碧色の瞳を涙に潤ませながら、おびえた表情でこちらを見上げる。ティアナやメアとは、また雰囲気の違った美少女だ。


「僕はルクス。えーと、僕ら怪しいものじゃなくて……。このダンジョンを冒険してたら、たまたま君の泣き声に気づいて、それで声をかけたんだよ」


 後からやってきたティアナとメアを指差しながら説明する。


「私、僧侶のショコラと申します。仲間と一緒にこのダンジョンに潜っていたのですが、私以外のメンバーは魔物に襲われ、皆殺されてしまいました……。私にはろくに戦う力などなく、困り果てていたのです……。ルクス様たちと出会えたことは、きっと神の思し召しです。どうか、ダンジョンを抜けるまで、私を皆さんのパーティーに加えてはいただけませんか?」


 「お願いします」と言いながら、ショコラは僕の腕にすがり付いてくる。ウンウン、ひとりで怖かったんだね。腕にオッパイの感触が伝わってきてすごいなあ。


「そ、そういうことなら、僕らと一緒に行きましょう! ね、ふたりとも?」

「私は、ルクス様がそうおっしゃるなら……」


 メアはなぜか頬を膨らませながら応える。どうしたんだろう、急にハリセンボンのマネでもしたくなったのかな?


「ティアナもいいよね?」

「……ダメよ。ルクス、今すぐソイツから離れなさい。ソイツは人間じゃない。――『敵』よ!」

「へ――?」


 ティアナの言葉に、一瞬頭が混乱する。人間じゃない? この少女が? こんな巨乳な女僧侶が敵だって? いやいや、この腕に伝わるオッパイの柔らかさに嘘偽りがあるはずが、


 ブニュブニュブニュブニュ……!


「うわ! ぼ、僕の腕がオッパイに補食されてる! これって本望かな?」

「バカっ! 早く離れろっつってんのよ! 『獣王撃』!」


 ティアナが叫びながら駆けてきて、『獣王撃』をブっぱなす。それもなんと、ショコラの顔面めがけてだ。


「ティアナ、いくらなんでも女の子の顔面にそんな攻撃は……」

「テケリ・リ、テケリ・リ! そうデスよ、ヒドイじゃないデスか~!」


 奇妙な笑い声が聞こえたかと思うと、爆煙の向こうから頭部がグチャグチャになったショコラの身体が、ヨタヨタと歩いてきた。


「ピィッ!?」

 

 メアが驚いて変な声を上げる。僕も危うく腰を抜かしそうになる。


「やっぱりね。人間の冒険者が、私たち魔族の姿を見て平然としているはずない。ルクスの見た目は別としても、ワインレッド色した私の髪や、メアの尻尾なんていうわかりやすい『魔族の特徴』見ても何も言わないなんて、おかしすぎんのよ!」


 なるほど、言われてみれば。って、そんな当然のことに気がつかなかった自分が恥ずかしい。


「テケリ・リ! バレちゃあしょうがないデス。せっかく穏便に、ひと飲みにしてあげようと思いましたノニ。抵抗するなら、あのゴブリンどもの二の舞デスのに」

「ゴブリンども……って、まさかゴブリンクイーンとホブゴブリンのこと?」


 まさか、目の前の少女(だったもの)が、クイーンたちを傷めつけ、上層階まで追い詰めた何かの正体だとでも?


「鞭を持ったメスゴブリンと、身体の大きなオスゴブリンのことデス? それならショコラ、一緒に遊んでやったデス。追い付いたら喰ってやるって言ったら、たくさん逃げまわってくれて、いい暇潰しになったデス」

「暇潰しにゴブリンクイーンたちに深手を負わせたってわけ……? どうやら空っぽの地下四階も、戦意喪失した地下五階の魔獣たちも、みんなアンタのしわざみたいね……。いったい何者なの!」


 グジュグジュグジュ……


 ショコラの顔が不自然な動きとともに元の形に戻ってゆく。それとともに全身の色がスーッと抜けていき、ついには薄青い半透明になってしまった。そう、地下一階に現れたスライムのように。


「テケリ・リリ! ショコラわたしはショコラ。『スライムレディ』のショコラデス。今度はアナタたちが、暇潰しに付き合ってくれるデス?」


 半透明の粘液少女は、邪悪な表情をその顔に浮かべつつ微笑んだ。 


お詫び :

ライミィ→ショコラにキャラクター名を変更させていただきました。

勉強不足で申し訳ありません。

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