第45話 異変

 今日は地下四階に降り立つ。

 昨日、僕らは地下三階で『上層階にいるはずのない魔物』であるゴブリンクイーンやホブゴブリンらと遭遇し、死闘を繰り広げた。

 辛くも勝利を収めたものの、それは僕らの力量以上に、ゴブリンたちがすでに深手を負っていたことが大きかった。 

 油断は一切できない。そんな緊張感を持って望んだ地下四階。足元はきちんと整備された石畳で、これまでの階層よりも歩きやすかった。壁には等間隔で青白い松明が灯っている。おどろおどろしい雰囲気だが、戦闘に不向きな環境というわけではなさそうだった。

 いつ魔物と遭遇してもいいように、臨戦態勢で慎重に進む。

 しかしーー。


「……順調だね?」

「……順調というか、静か過ぎない? このフロア。ずいぶん進んでるのに、まだ一匹も魔物を見かけないわよ?」

「敵さんが襲ってこないなら、それはそれで私は一向にかまいません!(キリッ)」


 メアがキメ顔で宣言する。僕もその意見には賛成だが、こうも静かだと返って不気味というものだ。罠か? それとも群れで襲ってくるのか?

 しかし、マッピングしながら歩き続けること、およそ2ターム(時間)。


「あ、『セーブポイント』と地下五階につながる階段だ……」

「う、嘘でしょ? 結局一度も敵と遭遇しなかったじゃない」

「う、うわ~い。ラッキーですね……」


 いやいやいや。仮にもダンジョンで、ワンフロア丸々敵が空っぽだなんて、あるはずがない。明らかに異常事態だ。

 それはメアも十分わかっているみたいで、顔がひきつっている。 

 

「これも、昨日のゴブリンクイーンとホブゴブリンの出現と、なにか関係あるのかな……?」

「かもしれないわね……。とりあえず、『セーブ』だけはしておきましょう?」


 腕輪をかざして、水晶とリンクさせる。今ならこのまま、地上に帰還することもできるが……。


「まったく消耗してないんだし、ここで引き返すわけにもいかないわね」


 ティアナの一言に、僕らはそのまま地下五階へと進むことにした。ただ、今度こそ強敵と遭遇する恐れがあるので、今一度気を引き締め直す。

 地下五階は、四階とほぼ同じ景色だった。

 そして、しばらく進んだとき、僕らはついに魔物と遭遇したのだった。


 

「で、出ました~!」

「メア、下がって! マンティコアとコカトリスよ!」


 暗がりから現れたのは二匹の怪物。ライオンの身体に人の顔、サソリの尾を持つ恐るべきマンイーター(人喰い)、『マンティコア』。そして、ニワトリの頭とトカゲの身体、竜の翼を持った怪鳥、『コカトリス』だった。どちらも『魔獣』と呼ばれる凶暴かつ危険な存在だ。

 

『グルルルルル……』

『コカカカカカカ……』


 二匹は低く喉を鳴らして、こちらを睨み付けている。

 

「アイツらどちらも鋭い爪や牙、それに猛毒を持つわ! ふたりとも、気をつけて!」

「ひー、お近づきになりたくない奴らだね……」

「わ、私に近づくと鞭を当てちゃいますよ! だからこっち来ないでください……!」

 

 勇ましいティアナに比べ、僕とメアはへっぴり腰だ。

 僕らと魔獣、互いの視線がぶつかりあい、闘いの火蓋が切って落とされようとした、その瞬間、


『クゥーン……』

『コココココケ……』

「あ、あれーー?」


 魔獣たちは、まさに文字通り『尻尾を巻いて逃げ出した』のだった。

 その場に取り残された僕らは、しばし呆然と立ち尽くしてしまった。ダンジョンの魔物が戦う前から逃げ出すだなんて……。


「あれかな? 僕の研ぎ澄まされた覇気に恐れをなしたのかな?」

「私のあふれ出るオーラに当てられちゃったのかもしれません」

「へっぴり腰コンビが何ほざいてんのよ……」


 冗談はさておき、魔獣たちの態度は不可解だった。先にも述べたが、魔獣とは凶暴で危険な存在であるはずなのだ。


「何かに……心を折られていた……?」


 無意識に口にした自身の言葉に、思わず背筋がゾクリとする。

 深手を負って上層階に登ってきた(逃げのびてきた?)ゴブリンクイーン。空っぽの地下四階。そして、怖じ気づいた魔獣たち。

 それらのピースが浮かび上がらせるのは、まだ見ぬ『恐ろしいナニか』の影だった。



 そのあとも、何体かの魔獣(ヒュドラやオルトロスなど)に遭遇したものの、いずれもこちらの存在に気づくとすぐに逃げ出してしまったため、ろくに戦闘にならなかった。

 僕らは無傷のまま、地下五階の最奥、『セーブポイント』の前までたどり着いた。

 

「正直、すんなり行き過ぎて気味が悪いわ」

「だね……。なんかそのうち、とんでもない奴に遭遇しそう……」

「と、とんでもない奴ってなんですか、ルクス様……」


 その正体はまだわからないけれど、危険なものには違いないはずだ。

 僕らは『セーブ』をし、「危なくなったらすぐに『セーブポイント』に戻って脱出する」ことを確認しあってから、地下六階へと降りていった。


 そしてそこには、僕らの予想外のものが待っていたのだった。

 

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