第374話 リンの川下り
カッサンドルフで行政体制の公布を行ってから数日後。
ハルビニア貴族の軍が続々とカッサンドルフに向かっていた。
彼らはクリス国王を支持する戦争賛成派と、中立派でもクリス国王の考えを支持する貴族だった。
本来ならば、ハルビニアの国軍と共にカッサンドルフへ行く予定だったのだが、突然カッサンドルフが落ちたと思ったら、クリス国王が急に国軍を進軍させてしまった。
その結果、彼らは準備が間に合わず、遅れての参戦となった。
カルリオン子爵、セラノ男爵、テルエル男爵。3人の貴族が領軍を率いてピースブリッジを渡っていた。
橋の中ほどまで進むと、前方にカッサンドルフが見えてきて、テルエル男爵が呟いた。
「しかし、あのガーバレスト卿がなぁ……」
彼がそう言うのも無理はない。
貴族の間でガーバレスト子爵と言えば、悪政を敷いた前領主のイメージが強く、領主が替わっても悪い印象が貴族の間で今も残っていた。
それが、領主が替わった途端、カッサンドルフを落としたという。
それを聞いた時は「あのガーバレストが!?」と思わず驚いた。
「カルリオン卿。其方は今のガーバレスト卿と親しいと聞いているが、彼はどんな人物なのだ?」
セラノ男爵が、一緒に並んでいた貴族に質問する。
話し掛けられたシルベスト・カルリオン子爵は、近衛騎士団に所属していた過去があり、レインズとは同僚で仲が良かった。
そのシルベストが、レインズの人となりを口にする。
「一言で言えば、頭にクソが付くほど真面目な男だな」
「頑固って事か?」
「そう言う面もなくもないが……忠誠心の塊みたいな人間という意味の方が近い。だから、陛下も信用して彼を護衛として側に置いていた」
シルベストの話に、テルエル男爵が頷いた。
「……ふむ。前領主とは違うんだな」
「ああ、全然違う。だけどなぁ……」
「だけど、どうした?」
「あの真面目一辺倒のレインズが、奇策でカッサンドルフを落とす? ちょっと俺には考えられないな」
「誰かが入れ知恵したのでは?」
「例えば奈落の魔女とかが?」
シルベストが悩んでいると、セラノ男爵とテルエル男爵が思い付いた事を口にした。
「さあ? それは俺でも分からんよ。だが、レインズに助言できる人間はそれほど居ないのは確かだな」
その時、背後の兵士が川を指さして大声を出した。
「あれは何だ?」
その声に何事かと3人の貴族も視線を川へ向けると、フロントライン川の上流から、メイド服の女性が筏に乗って川を下っていた。
「筏の行列!?」
「おい、筏に乗ってるのって女だぞ」
「何故、メイド服の女が筏に乗って川下りしてるんだ⁉」
3人も川を下って木材を運んでいるとは理解している。
だけど、その船頭がメイド服を着た女性。それが3人の現実を狂わせていた。
筏に乗ったメイド服の女性。彼女はアンドロイドのリン。
同じアンドロイドのサラが伐採した材木をフロントライン川まで運び、幾つもの筏にする。さらに、筏と筏をひもで結び、離れないようにした。
そして、彼女が自ら3日間寝ずに、デッドフォレスト領からカッサンドルフまで運んできた。
リンはピースブリッジの近くまで来ると、オールを漕いでローランド側の岸に筏を停めた。
「到着でございまーす」
一仕事終えたリンが明るい声を出して岸に降りると、ピースブリッジ砦から幾人もの兵士が現れて、彼女に話し掛けてきた。
「君、これは一体何なんだ?」
「お勤めご苦労様です。私はデッドフォレスト領から来たリンでございます。ご注文の木材を持ってきました」
リンがそう言って、背中に背負った鞄から発注書を出すと兵士に見せた。
「……確かにカッサンドルフからデッドフォレスト領への発注書だな」
兵士が発注書を読んで、レインズのサインがある事を確認する。
ただし、日付がおかしい。何故、早馬で1週間掛かる距離の依頼が、3日前の日付で今日届いたんだ?
「発注日で確認したい事があるから、砦で待ってもらっても良いか?」
「畏まりました!」
リンがそう言って、兵士の案内で砦に向かって歩き始める。
彼女は歩きながら無線でルディに連絡を入れて、助けを呼んだ。
リンがピースブリッジ砦で待っていると、ルディ経由で彼女の到着を知ったデッドフォレスト軍の兵士が迎えに来た。
「すみません、お待たせしました」
「お手数お掛けして、すみません」
謝る兵士にリンが微笑んで頭を下げた。
「君は誰かね?」
砦の守衛が迎えに来た兵士に質問する。
それもそのはず、カッサンドルフへの確認に兵士を向かわせたのは僅か30分前。往復で1時間掛かるのに、30分で迎えに来るのは異常だった。
「デッドフォレスト軍所属のベンと言います。リン殿を迎えに来ました。これ、上官からのメモです」
ベンがそう言って守衛にメモを渡す。
そのメモには「彼女は無罪」と、ルディの直筆で一言だけ書かれていた。
「いや、別に彼女は犯罪を犯してないんだが……」
彼女は筏を運んできただけで罪など犯していない。
守衛がそう言うと、迎えに来た兵士が苦笑いをした。
「上官は茶目っ気があるんですよ」
それを聞いてリンが何度も頷く。
守衛は2人の様子に、デッドフォレスト領は変な人間が多いんだなと思った。
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