第361話 デッドフォレスト軍の進撃

 デッドフォレスト軍はカッサンドルフから1km離れた林の中で、一日半待機を続けていた。


 普通の作戦とは実例という信用の元に成り立っている。

 初めての作戦でも、何度も訓練を行ってから実戦に投入するのが基本だった。

 だが、ルディの考えた作戦は実例がなく、しかも物理的ではなく心理を突いた作戦のため訓練のしようがない。

 正真正銘初めての作戦に、レインズ以下、兵士たちは不安に駆られていた。

 それでも彼らはルディを信用して、今か今かと待ちわびていた。



 朝に招き猫が逃げ出して、午後にルディたちが城を制圧した、この日の夕暮れに差し掛かる頃。

 カッサンドルフ城で掲げていたローランド国旗が半旗になったのを、見張りの兵が目撃した。

 半旗は喪に服す意味がある。だが、今回はカッサンドルフを落とした事を伝えるルディからの合図だった。


「……おい! 半旗になったぞ‼」

「成功の合図で良いんだな?」

「ああ、すぐに報告しに行くぞ」


 見張りの兵士が慌ててレインズの下に駆け付け、自分たちが見た事を報告した。


「本当に落としたか‼」


 レインズが興奮して立ち上がり、大声で叫ぶ。

 誰もが落とせぬと諦めていたカッサンドルフ要塞をたったの百人で落とした事に全員が興奮して、デッドフォレスト軍の士気が最大まで上がった。


「レインズ様‼」


 顔を赤らめて興奮しているハクの呼びかけに、レインズが頷く。


「この時以外、ハルビニアに勝機は来ない! 全員準備に掛れ。日没と同時にピースブリッジ砦に攻め込むぞ‼」

「イエス、サー‼」


 レインズの命令に、兵士たちが敬礼を返して行動を開始した。




 ハルビニア国とローランド国の間を流れるフロントライン川で、唯一南方を結ぶピースブリッジ大橋。

 川を挟んだ戦いでは渡河する方が不利なため、両国とも敵の大軍が現れれば橋を落として、その間に応戦の準備時間を稼ぐ。

 その為に、ピースブリッジ大橋の両側には、お互いの国の砦が築かれて常に監視をしていた。


 この日の日没。

 ローランド側の砦では、何時の業務が終わろうとしていた。

 砦の屋上で監視していた兵士はハルビニア国に繋がる橋を眺めながら、大きなあくびをしていた。


 ここ最近は色々と慌ただしい。

 5日前にハルビニア国が条約を無視して攻めて来る可能性がある、という報告が入った。しかし、厳重に監視していても一向に攻めてくる様子はなかった。


 昨日はカッサンドルフに巨大な猫が現れたと報告が入った。

 猫? ちょっと何を言っているのか分からない。この砦で何をどうしろと?

 その猫がハルビニア国の秘密兵器かもと、さらに厳重に監視をしていたが、ハルビニア国は何時もと変わらぬ様子だった。


 そして、今日はその猫が逃げ出したという報告が入ってきた。

 猫は砦とは反対側の街門を壊して逃げたらしい。

 ちゃんと捕まえておけよ。それと、街門を壊すとか猫デケェな!

 だけど、反対側に逃げたと聞いて安心した。

 もし、猫がハルビニア国の秘密兵器だったら、こちら側の東門を破壊するはず。

 そうすれば、ハルビニアの軍隊はカッサンドルフを半周せずとも街の中に入れる。と言う事は、猫はハルビニア国の秘密兵器ではないだろう。


 兵士は日が暮れて人通りのなくなったピースブリッジを眺めながら、ここ最近続いていた緊張を少しだけ緩ませた。




 デッドフォレスト軍が夜の暗闇に紛れて、ピースブリッジ砦に近づく。

 砦で監視している兵士は、ピースブリッジ橋と反対側に繋がるカッサンドルフの街道を監視していた為、北から近づいているデッドフォレスト軍に気づけなかった。


 今回の戦いで直接指揮を執るハクは、ブートキャンプで壁登りが得意な数人の兵士を選ぶと、彼らの皮鎧を脱がせて砦の北側から岩壁を登らせた。


 ブートキャンプでアスカに鍛えられた兵士が、岩壁の僅かな凹凸を掴んでスイスイと登る。そして、監視に見つからずに屋上に到達した。


「ふぁ~~だりぃなぁ……うぐっ!」


 デッドフォレスト兵は、眠たそうにしているローランド兵の背後に忍び寄ると、相手の口を手で塞いで反対側の腕で首を絞め始めた。

 その不意打ちにローランド兵は何も抵抗できず、頸動脈を閉められて息が苦しくなる。

 ローランド兵は遠くなる意識の中、助けを求めようと同僚の方を向くが、その同僚も敵に首を絞められて苦しそうにもがいていた。

 その光景を見たのが最後、ローランド兵は深い眠りに落ちた。


 素手での格闘戦闘。

 これもアスカとの訓練で培われた、デッドフォレスト軍の戦闘スキルだった。


 屋上に登ったデッドフォレスト兵は、安全を確保すると持ってきたロープを鋸壁きょへきに結んで外に垂らし始めた。

 そのロープを掴んで、地上で待機していた兵士が次々と壁を登り始める。


「では、行ってくる」

「お気を付けて」


 レインズはハクに声を掛けてから、兵士の後に続いて壁を登り始めた。

 本当はハクも一緒に登りたかったが、彼はブートキャンプで練習した時に腰を痛めそうになり、泣く泣く諦めた。


 砦の攻略にレインズ率いる100人の兵士が砦に登り、残されたハクとルイジアナは、ピースブリッジを壊す装置を奪略しに向かった。


 砦の屋上からデッドフォレスト軍が内部に侵入する。

 そして、手当たり次第にローランド兵へ襲い掛かった。


「敵襲‼」

「一体、何処からだ⁉」

「屋上だ‼ 屋上から敵が入って来た‼」

「そんなバカな!」


 予想もしていない所からの敵襲に、砦の内部が慌ただしくなる。

 その騒ぎと同時に、ハクとルイジアナが率いる100人の兵士が、橋の破壊装置を守るローランド兵に向かって襲い掛かった。

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