第325話 石頭 vs 頑固爺
「……そのためにギルドが存在して、品質管理を任せているのだ!」
「品質管理は大事ですが、ギルドに対する国の監視機関は必要でございます」
「ギルドマスターは領主が任命する。お前が言っているのは、国が任命した領主を信用していないと言っている事だぞ」
「当然でございます。ハルビニアの領主は世襲制でございます。親が良政を敷いても、その子供が同じだとは限りません。実例としてデッドフォレスト領が良い例でございます」
「だから、それを正そうと陛下が動いたじゃろうが」
「それでは遅うございます。事前に状況が分かれば、何年もの間、領民が苦しむ事はございませんでした」
かれこれ20分近く、バジュー公爵とソラリスが領地経営について言い争っていた。
当初、バジュー公爵は場を温めようと、軽い気持ちで内政についてソラリスに質問をした。すると、彼の保守的な考えとは全く異なる意見が返ってきて、思わず言い返す。だが、それにもソラリスは問題があると反論。
エスカレートした2人は、話を内政から国政へと変えて、他の者が口に出せないほどの論戦が始まった。
感情的なバジュー公爵と沈着冷静なソラリス。2人の考えは対極だった。
バジュー公爵も長い間、財務大臣としてハルビニア国の財政を任されてた。
実際に彼が財務大臣になってから、ハルビニア国は黒字経営が続いているから、彼の経営手腕は見事だと言えよう。
だが、彼はバジュー公爵の領地がある南部地域を贔屓しており、デッドフォレスト領のある北部地域は貧しいままだった。
ある意味では、国の為に北部地域を見捨てていた。
ソラリスはバジュー公爵に面と向かって、南部地域で得た利益を北部地域へ回すように進言をした。
それは、クリス国王以下、前国王と多くの北部地域の全領主が思っている事だったが、言いたくても相手が悪い。
バジュー公爵は南部地域の商業管理者でもあり、彼の機嫌を損ねれば、進言した貴族は首が飛び、前の国王も国営を考えると口に出せなかった。
だけど、貴族でも何でもないソラリスには関係ない。しかも、彼女は場の空気を読むどころか感じもしない。
誰もが恐れるバジュー公爵に向かって、真っ向から対峙した。
「北部を無償で支援したら、南部の領主から不満が出る。無理だ!」
「無償の支援ではございません。低金利で貸せば良いのです」
「相手が反故にしたらどうするんじゃ!」
「それは直接貸すから問題が起こるのでございます。国を間に挟めば良ろしゅうございます」
「国を間に挟むだと?」
「左様でございます。国が南部地域から借金をすれば良いのでございます」
「……は?」
ソラリスから飛び出た意見にバジュー公爵だけでなく、クリス国王以下ハルビニアの重鎮が驚いた。
「お前は何を言っているんだ?」
「国債を発行するのでございます。豊な南部の領主からお金を借りて、そのお金を北部地域へ貸すのでございます」
バジュー公爵の質問にソラリスが答える。
彼女は国が借金の保証人になるから、金を貸せと言っていた。
「駄目だ、駄目だ。国が借金などしたら他国から馬鹿にされる。それに、それにこそ監査機関が必要じゃ。それは私を監査する事と同じだぞ!」
「……ご明察通り。当然、財務大臣バジュー公爵様への監査は必要でございます」
バジュー公爵は思わず否定したが、今の意見は素晴らしい案だと思った。ただし、自分が財務大臣でなければ。
財務大臣の地位には多くの貴族が集まる。その中には、当然ながら賄賂を渡して権利を得ようとする者も居た。
バジュー公爵は賄賂を当たり前の様に受け取り、その者に権利を融通する。
民主主義では許されぬ行為だが、貴族社会では当然の行動だった。
だが、監査機関を置いてしまうと、それが出来なくなる。バジュー公爵にとって、それだけは絶対に許されなかった。
だが、同時にソラリスと議論を交わし合って確信する。
これほどの考えの持ち主なら、領地の経営程度なら余裕だろう。それに、自分と意見を言い争う人間など、久しく会っていない。
バジュー公爵は、久しぶりに意見を言い争える相手と出会って、楽しい気分でもあった。
「お主が貴族じゃないのが残念だ。もし、貴族だったら、その首が飛んでいたぞ」
「女中1人の首が飛んで治世が良くなるならば、この首ごとき差し上げましょう」
バジュー公爵とソラリスは睨み合う。だが、突然バジュー公爵が笑い出した。
「はっはっはっ! どこまでも生意気な娘だ。一体どのような教育をすれば、この様な石頭になるんだ?」
「仕様でございます」
ソラリスの言い返しに、もう一度バジュー公爵が笑った。
「さて、陛下。お見苦しいところをお見せしましたな」
「いや、余も聞いていて色々と参考になった」
「もし国債を発行するのであれば、私に相談してくだされ」
「……うむ。考えよう」
クリス国王はそう返答したが、おそらくバジュー公爵は監査機関までは許可しないだろう。そして、彼は国債の権利を独占しようと企んだと考え、うかつに国債を発行できないと思った。
「さて、ここに私が来たのは、デッドフォレスト領へ送った軍馬の利用についてでございます」
バジュー公爵の切り出しに、クリス国王がわずかに身構えた。
「使者殿にお尋ねする。あの領地で、軍馬をどの用途で使うのか教えてもらおう」
その質問に対するルディの返答は至極単純だった。
「騎士の育成です」
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