第323話 宰相への説得
「まずは、王位継承おめでとうございますです……あっ」
最初にルディがクリス国王に向かって挨拶をするが、何時もの口調が出てしまって口元を押さえた。
「レインズからお前の喋り方は聞いている。何時もの口調で話すがよい」
クリス国王が笑うと、老人と軍服の男性も子供のルディだからと許して笑みを浮かべた。
「ありがとうです。王位継承のおみやげに、美味しいお酒を持ってきたです。ソラリス」
「はい」
命令に従って、ソラリスが持っていた日本酒の瓶をルディに渡した。
「これ、とっても美味しいお酒です。まだこれしかねーですが、数年後にはたくさん作る予定です」
「…………」
クリス国王と彼が連れて来た老人は、ルディの話を聞いておらず、驚いた様子で彼の背後に控えるソラリスを見つめていた。
「……お前が『デッドフォレスト領経営設計書』の作成者なのか?」
「左様でございます」
クリス国王の質問にソラリスが深々と頭を下げた。
彼はルイジアナからの報告で、デッドフォレスト領の運営計画を作成したのがソラリスという女性だと知っていた。その女性が奈落の魔女の女中だとも聞いていたが、そっちの話は半信半疑だった。
だが、実際にソラリスはルディの背後に控えており、メイド服を着ている。
クリス国王はルイジアナの話が本当だった事に、衝撃を受けていた。
「私もお主の作成した計画書を読んだが、実に素晴らしかったですぞ」
「ありがとうございます」
褒めてきた老人にソラリスが頭を下げると、彼は自分の正体を明かした。
「陛下がなかなか紹介してくれんから自己紹介するが、私の名前はベニート・メリス。一応この国で宰相という地位に就いておる」
「そして、私が軍務大臣のセシリオ・オリバレスだ」
宰相に続いて、軍服の男性も自ら名乗りを上げる。
ルディはこの国の重鎮が2人も来ている事に驚いた。
「このお酒は後で頂こう」
クリス国王は、この国では珍しいガラスの瓶に入った酒に興味が湧いたが、今はもっと大事な話がある。
顎をしゃくって側近に命令すると、側近が日本酒を持って背後に控えた。
「ここに居る全員、私の派閥だ。だから安心しなさい」
「分かりましたです」
ルディは本当に情報が漏れないのか不安だった。だが、国王が安心しろと言うからには、信じなければ不敬に当たる。
疑うのをやめて、現状の報告をクリス国王に話した。
「ほう? デッドフォレスト領から、カッサンドルフまで僅か4日か⁉ かなりの強行軍だな」
ルディの話を聞いて、セシリオ軍務大臣が驚く。
「強行軍には間違いねーですけど、それほど無理はしてないです」
「馬の餌などはどうするんだ?」
「装備、兵士の食事、馬の餌は、既に決めている休息地点に隠しておくです。それで兵士は身軽になるです」
「なるほど。それで移動日数を減らしているのか……。ふうむ。今までの常識では考えつかないやりかただな」
ルディの説明にセシリオ軍務大臣が唸る。
従来の軍隊は自分の装備は自分で持っていくのが当然。武器を持たずに戦場に向かうなど、ありえない考えだった。
「もし途中で見つかったら、どうするつもりだ?」
ベニート宰相からの質問に、ルディが説明する。
「構わねーです。もし、見つかったところで、伝令よりも先に現地に到着して、その日の内に作戦を決行するです。敵が連絡する頃には、カッサンドルフを落としている予定です」
「……これが其方の考える電撃戦という物か……。なるほど、ようやく私も理解した」
軍についてあまり詳しくないベニート宰相も、電撃戦の概要を理解して頷いた。
「宰相が驚くのも無理はない。私も最初にこれを聞いた時は驚いたし、今も詳しく話を聞いて改めて驚いているところだ」
クリス国王がベニート宰相に話をして、ふと思った事をルディに質問してきた。
「ところで。わざわざ開戦と同時に進軍せずとも、開戦前にカッサンドルフ内に潜んだ方が良いかと思うのだが、ルディはどう思う?」
その質問にルディが腕を組んで考える。
「それについては僕も考えたですが……。侵入した人間が1人でも見つかったら、この作戦は終わりです。それに、カッサンドルフだけじゃなく、ピースブリッジの監視砦も同時に落とす必要があるから、難しいと思うのです」
「なるほど。確かにその通りかもしれないな……」
ルディの説明に、クリス国王が納得して頷いた。
クリス国王以下重鎮たちは、ルディの作戦を聞いた時、最初はギャンブル性の高い作戦だと思っていた。
彼らの中での戦争は軍隊同士の戦い合い。戦場で勝つ事こそが勝利だという認識だった。
だが、ルディの考えは全く違う。
戦争とは敵を殺す事ではなく、軍の機能を停止させる事。そのためには、補給地点の征服こそが最重要。
一見、ギャンブル性が高いと思えるルディの作戦は、実は最高効率を優先にした勝利の方程式だと理解した。
「オリバレス卿。これで納得したか?」
クリス国王の問いかけに、セシリオ軍務大臣が頷く。
「はい。この歳になって戦争という物を理解しました」
「まあ、この国は平和だったからな。だが、それが何時まで続くかは分からん」
ローランド国が西の小国群を全て支配すれば、向き先はこの国だ。
クリス国王とセシリオ軍務大臣が、中立派のベニート宰相をここに呼んだのは、彼を説得させるためだった。
ベニート宰相も、このままでは10年以内に大国ローランドが戦争を仕掛けてくるとは予期していた。
しかし、勝てると確証できなければ、戦争をする意味がない。
それ故、彼は中立派だったが、今日の話を聞いて戦争賛成派へと傾いた。
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