第275話 文明調査
デッドフォレストに帰る日。
出発は昼からなので、ルディは昆布を買って帰ろうと、午前中にソラリスと市場の乾物屋に向かった。
「ばあちゃん、昆布くだ……」
「品切れじゃ」
「な、何だと……です」
昆布を買おうとしたら、店の婆さんに睨まれた。
「一昨日、店の昆布を全部買い占めたのを忘れたんかい?」
「だから昨日買わないで、一日待ったです」
「アホ言うんじゃないよ。港町からは10日に1回しか入荷せんわい」
物流手段が馬車でしかないこの惑星。
消費者が多い王都だから、10日に1回の入荷はまだ早い方だった。
ルディも宇宙で物流関係に携わっていたので、何となく申し訳ない気持ちになって、すごすご店を出た。
「売り切れでした」
「白鷺亭に戻りますか?」
ソラリスの質問にルディが頭を左右に振る。
「僕、ここに来て食材しか買ってねーです。だから、この星の人間作った製品も覗いてみよう思うです」
「興味がないと思ってました」
「興味はねーですよ。この星の人類の文明度が、どの程度か知りたいだけです」
「理解しました」
ルディはまず最初に、宇宙にない店を見ようと武器屋に入った。
なお、宇宙にも武器屋はあるが、扱ってる商品は銃火器なので、店の様子は別物だった。
子供のルディとメイド服のソラリス。武器屋に似合わない組み合わせの2人が店に入ると、カウンターの店員と他の客は驚き、遠巻きに2人の様子を伺った。
ルディとソラリスは目のインプラントを使用して、壁に掛かっている鉄の剣を分析する。
「……この鉄は無駄な不純物が多いですね」
「おそらく鉄鉱石から鉄を取り出す行程で、加熱温度が低くかった可能性がございます」
「石炭は発見されてないですか?」
「発見している可能性はございます。しかし、流通までされていないと推測します」
「それだとまだコークスはなさそーですね。鉄に不純物があるの仕方ねーです」
「固い素材をお探しでしたら、店の方に聞いてみては?」
「ん-今の武器でじゅーぶん固いから、別にいいです」
ソラリスの話にルディが頭を左右に振る。
ルディの持っているショートソードは、超硬度セラミックで作られており、鉄よりも遥かに固い。この星の武器なら、簡単に叩き折る事ができた。
「師範にはお世話になってるから何かプレゼントしよう思ったけど、自分で用意した方がいいですね」
「この惑星の文明に合わせた素材であれば、よろしいかと」
「あとで師範の武器、じっくり解析してみるです」
ルディとソラリスは商品を見て満足すると、店を出て行った。
「何だったんだ?」
2人の後ろ姿を見ながら、店の店員が呟いていた。
武器屋を出たルディたちは、次に高級な服屋に入った。
「いらっしゃいませ」
店に入った2人を、黒いロココ調の服を着て髭をピーンと伸ばした紳士が出迎えた。そして、2人の服を観察するなり、彼の目が光った。
ルディの服装は見た事ないが、生地だけを見れば染めた艶消しの黒はムラがなく、生地の厚さも人間が作ったとは思えないほど均等。
ソラリスの服も同様で、店員は2人が着ている服の生地を、自分の店でも仕入れたいと思った。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
「生地を見せて欲しいです」
「申し訳ございませんが、お客様が着ている服より良い品はございません」
「それでも最高級の生地がみてーです」
「……少々お待ちください」
ルディに懇願された店員が、奥から最高級の生地を持ってきた。
「こちらが当店の最高級の生地でございます」
店員が生地を広げて、ルディとソラリスに見せた。
店員が見せたのは、シルクの様な艶のある青い生地で、ルディが表面をさらっと触るとツルツルしていた。
「素材はなーに?」
「シルクスパイダーの糸でございます」
「シルクスパイダー?」
「王都の北西の草原に生息している、蜘蛛から取れる糸でございます」
ルディは宇宙でも別の惑星で品種改良した蜘蛛から、糸を作る技術があるという話を聞いた事がある。
その糸は熱に強く強度が高いため、服の生地よりも工業用に使用されているらしい。何となく、それと同じ物だと思った。
「……強度はそれほどなさそーですね。ところで本物のシルクはあるですか?」
「本物のシルクとは?」
どうやらこの惑星では、蚕から作るシルクは存在していないらしい。
店員の返答でその事を理解したルディは、なんでもないと頭を左右に振った。
「ところでお客様。お客様がお召しになっている服の生地をどこで入手したか、教えていただけないでしょうか?」
「これですか?」
「左様でございます」
店員の質問にルディが服の袖を引っ張った。
服の生地は別の惑星で作られた品だが、正直に答えるのはマズイ。
「誰かが買ってきたから知らぬです」
実際に買ったのは別の誰か。ルディは運んでいる最中に遭難して、倉庫の品を使用しているだけだから、嘘は言ってない。
「左様でございますか……」
大抵の貴族の男性は自分で商品を買わない。服を選ぶのは婦人の仕事。
店員はメイドを従えているルディを貴族の子供と勘違いして、これ以上質問するのを諦めた。
ルディは生地を見せてくれた店員に礼を言うと、何も買わずに店を出て行った。
「やっぱり機械織じゃねーと、服の産業レベルは最低ですね」
「人類の歴史で産業革命と呼ばれる時代。内燃焼機関による自動化と同時に、繊維技術が向上しています」
「やっぱり問題は石炭ですか……」
「ですが化石燃料は空気汚染の問題がございます」
「と言っても、いきなり水素やヘリウム、燃料にできねーです」
ルディが腕を組んで考える。
「どこかに石炭に変わるエネルギー、転がってねーですかね?」
ルディが呟いて歩いていると、彼の目に魔道具店の看板が入った。
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