第254話 自分自身との闘い

 白鷺亭の食堂で、ソラリスがリズムよく手拍子を叩く。

 それに合わせてアブリルがダンスを踊っていた。

 ダンスと言っても今彼女が踊っているのは、教わったステップを繰り返しているだけ。

 アブリルは今まで独学で身に着けたダンスを捨てて、基礎から教わっていた。


「姿勢が崩れています。背筋を伸ばしてください」


 疲労からアブリルの姿勢が曲がる。すぐにソラリスから注意が入って、アブリルが踊りながら姿勢を正した。

 足を前後に動かして体ごと両手を振る。横に大きくステップして体を回す。体を回しながら移動してタップを鳴らす。

 最初はぎこちなかったアブリルの踊りは、たった1日で上達して、少しだけ華やかさがあった。


「痛っ!」


 休憩を入れながら3時間ほど練習を続けていると、アブリルが足の痛みに顔を歪めた。


「休憩しましょう」


 ソラリスが手拍子を止めると、アブリルが頭を左右に振った。


「先生、まだ踊れます!」


 先生とはソラリスの事。その呼び方をソラリスは嫌がったが、教わる立場のだからと、アブリルは呼び方を変えなかった。


「それは分かっています。だけど、明日以降の稽古に支障が出るので、効率が悪うございます。と言う事で、ナオミ。彼女の治療をお願いします」

「分かった」


 カウンター席に座っていたナオミがソラリスに頼まれて、魔法を教えていたフランツを連れてアブリルに近づく。

 そして、床に座り込んでいるアブリルの足を掴むと、無理やりヒール型タップシューズを脱がした。


「軽いマメが出来てるな。丁度良い。フランツ、マメは何で出来るか分かるか?」

「えっと、ずっと歩いているからです」

「その答えだと点数は上げられないな。時間がもったいないから答えを言うが、人間の皮膚の一番外には角質層という場所がある。マメは短期間の刺激で体内の水分が集まって、角質層に水膨ができる症状だ」

「はい」

「水膨を取れば痛みは一時的に和らぐ。だが、それは一時的な効果に過ぎない。そこで、無理やり角質層を厚くしてタコを作る」

「……はい?」

「……え?」


 フランツとアブリルは、話の流れから水膨を取ってマメを治すと思っていた。だが、ナオミの考えは斜め上に違っていたらしい。


「チョ、チョット待って!」

「待たん」


 慌てるアブリルを無視して、ナオミがアブリルの足をがっちりホールド。魔法を詠唱して、アブリルのマメになった水膨を取り除き、角質を厚くしてタコを作った。


「嫌やあぁぁぁ!」


 足の形が変わってアブリルが叫ぶ。


「何を叫ぶ? どうせ踊っている内にタコになるんだ。先に作った方が痛くないぞ」

「足が……足が……痛くない?」


 先程まで痛かった足から痛みが消えて、アブリルが目をしばたたかせた。


「治療魔法はただ治れと祈らず、人間の体の構造を理解して正しい魔法を唱えろ。そうすれば、マナは消費が少ないし、直ぐに治せる。分かったか?」

「は、はい」


 フランツは頷いたけど、さすがに今の治療は酷いと思った。




 ナオミは店のカウンターで、ルディの持ってきたワインを飲みながら、再開したアブリルの練習を面白そうに眺めていた。


「アブリルさん凄いですね。ずっと踊ってますよ」


 フランツが話し掛けると、ナオミがアブリルを見ながら微笑む。


「今、アブリルは闘っているんだ」

「闘っている?」

「そう、自分自身との闘いにな。まったく私の弟子は優しいくせに、時々厳しくなる。誰に似たのやら……」


 ナオミが肩を竦めると、話を聞いていたスタンが彼女の隣の席に座って、にやついた顔をして話し掛けて来た。


「それはアンタに似たんじゃないのか?」

「私はそれほど優しくないぞ」

「確かに昔のアンタは優しさの欠片もなかったけど、今はだいぶ丸くなってるぜ。顔の火傷が消えたせいか?」


 そう言ってスタンが自分の頬を指先で突くと、ナオミが横眼で睨んだ。


「そうか……もし、私がお前と逆の立場だったら、絶対に今のセリフは言わなかったな」

「……?」


 意味が分からず、スタンが首を傾げる。


「フランツ。スタンはご飯が要らないらしい。そうルディに伝えてくれ」

「チョッ! 待ってくれ、今のは無しだ‼ スマン、本当にスマン。だから飯抜きだけは勘弁してくれ、いや、勘弁してください‼」


 スタンが慌ててナオミに謝る。

 フランツはルディ君のご飯は最強だと思った。




 ルディは2階の客室で、カルロスにギターを教えていた。

 この惑星ではまだ紙が皮紙なため、楽譜は一般市民に普及しておらず、当然ながら教本もない。

 基本的に人に教える方法は、耳コピでしかなかった。

 そして、ギターは1本しかなく、カルロスは楽団の馬車からギターの前身と言えるリュートを持ってきた。


「なるほど。カルロスさんはリュートを弾いてたから、ギター弾けたんですね」

「まあね。構造はギターと似てるから、弾くだけなら何とかなったんだ」


 そう言ってカルロスは肩を竦めるが、リュートの弦は10本あり、ギターと比べて音は軽く、響きもそれほど良くなかった。


「教え方、どーするか悩んでたけど、これで弦の位置を教えられるです。お前、指の位置覚えて、ギター弾きやがれです」


 こうしてカルロスもルディからギターを教わっていたが……その2時間後、ルディがカルロスの指に出来たマメを無理やりタコに変えて、悲鳴を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る