第242話 アンダルシアのパラダイス
服装について話を聞き終えたルディは、それよりも先に今日の晩御飯を作る方が優先だと厨房に入った。
市場で買った乾物品は戻すのに一晩必要。なので、今晩のご飯は何となくその時の気分と食材で、スペインのアンダルシア地方の料理を作る事にした。
トマトをふんだんに使った、冷製スープのガスパッチョ。
材料は、トマト、キュウリ、青ピーマン、赤パプリカ、カットパン、玉ねぎ、にんにくを切って、全部をボウルに入れた。
ルディがボールを掴んで魔法を発動させる。
すると、中身がかき回されて粉砕されるが、ボウルの上には空気の壁が張られて、外に飛び散らなかった。
これは、ルディがミキサーの替わりに開発した風属性の魔法の1つ。この魔法をナオミが最初に見た時、面白いと爆笑していた。
一旦魔法を止めて、オリーブオイル、酢、塩、クミン、胡椒を入れてもう一度粉砕。後は砕いた氷水で冷やせば完成だが、氷がない。
そこでルディは、昨晩エールを冷やした時と同じ魔法を発動させ、両手を冷たくしてスープを冷やした。
「魔法は便利ですねぇ……」
そう呟くルディだが、この惑星ではルーン教の教えにより、魔法は神聖な物だとされている。
人類側の世界で、料理に魔法を使う不信者はルディしか居なかった。
出来たガスパッチョを味見すると、トロリとしたスープはトマトの酸味の中に野菜の甘さが含まれて、濃縮されたトマトジュースみたいに美味しかった。
次に作ったのは茄子のハニーフリット。
秋茄子を20分間エールに漬け込み下味をしたら、小麦粉、卵黄、牛乳、メレンゲを混ぜた衣をつけて、油でからっと揚げ、その上にはちみつをかければ完成。
1つ取って味見をする。外はサクッと、中はとろとろ。そして上からかけたハチミツとの相性が抜群だった。
「今からパンを作るのめんどーですね」
そう考えたルディは、アボカドとチーズのリゾットを作る事にした。
米をオリーブオイルで炒めてから、ブイヨンを少しずつ入れて炊く。
20分ほど炊いて窯から外し、バター、潰したアボカド、チーズを入れてヘラで混ぜれば、チーズが余熱で溶けた。
最後に胡椒と……後で薄く切った生ハムを上に乗せれば完成。
全ての料理が完成した頃、既に日は暮れて、外出していたカールたちも宿に帰っており、腹を空かせていた。
「ソラリスは帰って来たですか?」
ルディがソラリスを呼ぶと、彼女は丁度帰って来たのか、大きな荷物を持って宿に入ってきた。
「ただいま戻りました」
「丁度良かったです。飯の時にワインを飲むから、用意しろです」
「了解しました」
ソラリスに命令した後、ルディは全員を呼んで夕食の準備を整えた。
毎度の如く、ルディからおすそ分けを貰った白鷺亭の店主は、羨ましそうに見つめる傭兵たちの視線を浴びながら、料理を口にした。
「な、なあ。どんな味なんだ?」
今回も1人の傭兵が味について質問する。店主は貰ったワインを一口飲んで、ため息を吐いた。
「……情熱。海から吹く熱い風。大勢の薄着の女性が渚で戯れる風景が浮かぶ……そう、これはパラダイスだ」
それを聞いた傭兵たちは、頭を抱えながら天井を見上げて「俺も食べてー‼」と叫んだ。
「ルディ君。このハム、すごく美味しいんだけど!」
食事中、フランツがリゾットに乗せた生ハムを食べて、目を輝かせた。
「さすがフランツ、よく気づきやがったなです。これこそ熟成肉の究極の姿、生ハムです!」
ルディがどや顔を浮かべるけど、この生ハムは市販品。
「生? もしかして、このお肉って焼いてないの?」
2人の話を聞いていた皆が、それを聞いて目を見張った。
生ハムの歴史は古く、地球では紀元前7000年まで遡る。だが、この惑星の人類は1200年前に宇宙から来て、800年前に一度文明が失われた。それ故に、人類の歴史がまだ短く、文明もちぐはぐだった。
特に生活に関わる文明はまだ未熟で、彼らは生ハムを知らず、肉は必ず焼いて食べないとお腹を壊すという認識だった。
「この肉は丁寧に血を抜いて塩漬けした肉を、1年以上熟成させるです。そーすると、肉が柔らかくなって生でも美味しく食べられるのです」
「へー……熟成って凄いんだね」
前にカールたちはルディから熟成肉の作り方を教わって、別れた後も時々肉を熟成させて食べていた。
だけど、さらに美味しく食べれると知って、熟成の奥深さに感心する。
「ソラリス。確かデッドフォレスト領の開発予定で、畜産業を取り入れる言ってたですけど、生ハム工場を作る計画入ってろですか?」
「はい。塩漬け肉は保存が効きますので、予定に組み込んでいます」
「……え、マジ?」
今の話に驚きを隠せなかったのは、デッドフォレスト領の領主、レインズ。
確かに領民からの要望で畜産業を計画に取り込んだ。
その後ソラリスの設計書に、領地の東の草原に大牧場を作ると追加されていたから、この事はレインズも知っている。
だけど、出来るのがこんな美味い肉だなんて聞いてない。
「……これを、作るのか?」
「左様でございます」
レインズが動揺しながら質問すると、ソラリスが肯定した。
「……毎年?」
確か設計書には、年間生産量が書いてあった……。
「5年後には他の領地へ輸出する計画でございます」
「……そうか」
レインズが改めてリゾットに乗っている生ハムを食べる。
……美味い。美味すぎる。これを輸出? たかが肉で戦争が起こるぞ!
頭を抱えそうになるレインズを、隣の席のカールが察して彼の肩に手を置いた。
「……どんまい」
なんの慰めににもならない優しさに、レインズはがっくりと肩を落とした。
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