第192話 エルフの集落

「俺では判断できんな。とりあえず集落に招待しよう、そこで長老と話せ。それと、ルイジアナと言ったな」

「はい」

「何かあったらお前が責任を取れよ」

「もちろんです」


 ルイジアナの返答にアクセルは頷くと顔を曇らせた。


「それと、お前たちも森に入る前に誰かから聞いているだろうが、今この森ではやっかいな怪物が徘徊している」


 そうアクセルが言うけど、ルディたちは直接雪の大森林に入ったから、誰からも話を聞いてない。

 だけど、その事をわざわざ言う必要はないし、彼の言うやっかいな怪物はマナの怪物だと確信していたので、誰も口を挟まず彼の話を聞いていた。


「あの怪物は魔法に敏感だ。だから、魔法は絶対に使うな」

「村でも魔法を使ってないのか?」


 ナオミの質問にアクセルが頷く。


「使ってない。いや、あの化け物が近くに居ると思ったら怖くて使えない。一度狙われたら最後、マナを吸い取られて不治の疫病に感染する。武器も効かないし、魔法は全て吸収される。あの化け物のせいで、多くの集落が襲われ、沢山の同胞の命が失われた」


 そう言うアクセルの顔は悔しそうに歪んでいた。




 ルディたちはアクセルの案内で、彼の暮らす集落に向かって歩いていた。


「フォレストバード、可愛いです」


 近寄って話し掛けてきたルディをアクセルが見下ろすと、その顔はフォレストバードに顔を埋めたい気持ちで溢れ出ていた。


「移動中は触るなよ」

「我慢するです」


 アクセルの注意にルディは頷くが、許可が出たら満足するまで顔を埋めてクンカクンカ匂いを嗅ごうと決めていた。


「ぐぎゃぎゃ(美味そうだな)」

「ぴよ!」


 ルディの横では、ゴブリン一郎がフォレストバードを見ながら涎を垂らし、それに気づいたフォレストバードが警戒して可愛く鳴いた。


「鳴き声までひよこなのか……」


 フォレストバードの鳴き声を聞いてナオミが顔をしかめる。

 先ほどルイジアナから聞いた話だと、エルフは成長したフォレストバードを食べるらしい。そして、その味は美味しいと言っていた。

 だけど、こんな可愛い動物、私なら可哀そうで食べられない。ナオミの頭の中では、鳴き叫ぶフォレストバードを、生きたまま食べるエルフのイメージが湧いていた。




「見えてきたぞ」


 馬上改め鳥上のアクセルの声にルディたちが彼の視線を追うと、質素なテントと馬車が見えてきた。

 集落を見たルディは、午前中の忙しい時間なのに外を歩いているエルフが少なく、何となく寂れているような気がした。


「アクセルさん。もしかしてマソの怪物に襲われたですか?」

「……よく分かったな」


 ルディの質問にアクセルが唇を噛みしめて頷く。


「僕、空気は読める方です」

「意味が違うし、お前は空気を読まずに色々とやらかす方だ」


 ルディの冗談にナオミがツッコミを入れる。


「ししょーも似たようなものです」

「君はさきほどから彼女の事をししょーと言っているが、2人は師弟関係なのか?」


 アクセルの質問にルディが頷く。


「ししょーは魔法のししょーです」

「それにしてはマナが……いや、2人とも抑えているのか。人間にしては見事なコントロールだな」

「すげえだろです」


 アクセルの呟きに、何故かルディが自慢げにふんぞり返る。

 だけど、ナオミはそうだとして、ルディのマナを彼が感じないのは、ただ単純にルディのマナが頭のバッテリーに送られて、空っぽなだけ。


「そうそう、アクセルさん、アクセルさん」

「何だ?」


 アクセルは会ったばかりなのにずいぶんと親し気だなと思いつつ、ルディの話を聞く。


「後で病気に掛かった人を見たいですけど、良いですか?」

「駄目だ。あの病気は移る」

「だけど、僕、マソの病気を治す薬持ってるから、多分、そいつ等治せるかもですよ」


 ルディの言う通り、彼の命令でハルがマソの怪物の血液と肉片から治療薬を作成して、後は臨床実験を残すのみだった。

 その治療薬が今朝ルディの手元に届き、エルフではマソに侵された病人を治せず、このままだと死ぬのが分かっているなら臨床実験に協力してもらおうと考えていた。


「それは本当か⁉」


 話を聞いて驚くアクセルに、ルディは鞄から薬の入った小瓶を取り出して彼に見せた。


「嘘じゃねーです」

「……分かった。だけど、まずは長老と会え。彼女の許可が下りたら好きにしろ」

「分かったです」


 こうしてルディたちは、アクセルと一緒に集落に入った。




 エルフの集落に入り、アクセルは厩舎の管理番にフォレストバードを預けると、ルディたちを長老の元に連れて行った。


 ルディがアクセルの後を追いながら、エルフの集落を見回す。

 寝床のテントは皮で作られていて、ゲルと呼ばれるテントに近い。

 移動に使う馬車は集落の中央に置いて物置として活用されており、外れでは数人のエルフが、訓練なのか的に向かって弓矢を放っていた。


「長老、客人だ」


 アクセルが2人の女性エルフに話し掛ける。

 片方はまだ若く見た目は20代前半。アクセルと同じく狩人なのか、背中に弓を背負っていた。そして、もう1人は老年の女性で、どうやら彼女がこの集落の長老らしい。

 平均寿命が300年のエルフだから、おそらく長老と呼ばれた彼女の年齢は200歳を超えているだろう。

 だけど、女性にしては身長が高く、背筋はまだ伸びていて、集落の纏め役なだけあって精悍な顔つきをしていた。


「ミンク、それじゃ後は頼むよ。最悪ここから離れるつもりだからね」

「分かりました」


 長老はルディたちを見て片方の眉を吊り上げると、手で制してアクセルを待たせ、話しの途中だった女性との会話を終わらせる。

 そして、ミンクと呼ばれた女性は長老に頷き、ルディたちを一瞥してから立ち去った。




「待たせたね客人。私がこのダの集落を纏めてるアガラだよ」

「初めましてアガラ、私はルイジアナ。フェルの集落、ハラムの娘です」


 話し掛けてきた長老に、同じエルフのルイジアナが、自己紹介を含んだ挨拶を返した。


「フェルの集落か。ハラムは護衛として族長会議に来ているから、何度か会った事があるよ」

「父は元気でしたか?」

「うむ。元気だが、お前はフェルの集落から来たのではないのか?」

「いえ、私は50年前にエルフの使命を任命されて、それ以来ずっと父とは会っていません」


 そうルイジアナが答えると、アガラが微笑み深々と頭を下げた。


「ご苦労さまです。よくぞご無事にお帰りなさった」


 ルイジアナが使命を帯びて森から旅立つ行動は、エルフたちにとって尊い行動だったので、たとえ長老でもルイジアナに敬意を表すのは当然の行為だった。


「いえ、これもエルフ全員の使命ですので」


 アガラは頭を上げると、ナオミをジッと観察してから話し掛けてきた。


「貴女がエルフの伝承を知る者ですか?」

「残念だけど違うよ。こっちがそうだ」


 ナオミはそう言ってルディの背中を押して前に出す。

 すると、それが以外だったのか、アガラはきょとんとした様子で目をしばたたかせると、ルディに視線を向けた。


「どもールディですー」


 彼らの背後では、普段は厳格な長老の驚いた顔が可笑しかったのか、アクセルが口元を押さえて笑いを堪えていた。

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