第187話 落葉きのこ
森に入って数時間が経過し、ルディたちは小さな渓流を見つけると、そこで昼食を取る事にした。
ルディたちが休んでいると空からドローンが現れて、アームで掴んでいた荷物を地面に置くや、近くの地面にちょこんと着陸した。
「はぁ……本当に便利なゴーレムですね」
ドローンを見ながらルイジアナがため息交じりに呟くと、それを聞いたナオミが頷いた。
「まあな。アイツにはいつも助けてもらっている」
ナオミの家の炊事洗濯は基本的にソラリスがやっているが、ドローンは彼女の命令で、服を畳んだり、庭の雑草取り、食材の下拵えなど、細かい仕事をいつもしていた。
「便利過ぎてゴーレムの居ない生活に戻れなくなりそうですね」
「手遅れ、もう私は戻れないかも……」
ルイジアナの冗談に、ナオミが心底同意して頷いた。
ルディは荷物から固形燃料と鍋を取り出して、渓流の水を沸かし始めた。
「せっかくキノコがあるから、味噌汁に入れやがれです」
落葉キノコは松茸やなめこほど有名ではないが、実はこのキノコ、香りや味はそれらを凌いでおり、キノコ愛好家の間ではこれを食べなければ秋じゃないと言うほど価値があった。
ルディがルンルン気分で落葉キノコの下処理を始める。
まず、食べられない石突の部分をナイフで切り落として、ぬるま湯の中に落葉キノコを入れると、上部に汚れが浮いてきた。
それから、ぬるま湯に塩を入れて10分漬けると、カサと軸の中から小さな虫が浮き上がる。
ちなみに、ルディがキノコの下拵えを知っているのは、彼が電子頭脳にインストールしたサバイバルスキルの知識から。
「残念ですが、このキノコは僕のです」
鍋に張ったぬるま湯に浮かぶ虫に向かって、ルディが悪そうな顔をして笑みを浮かべる。
「ぐぎゃぎゃぎゃ?(コイツ、頭イカれたか?)」
楽しそうに下処理するルディを、ゴブリン一郎が不審人物を見るような目で見ていた。
「全員集まりやがれ、飯が出来たです!」
ルディの声に全員が集まって、鍋の中の味噌汁の匂いを嗅いだ。
「良い匂いだな」
「ああ、懐かしい。この匂いを嗅ぐと、故郷に帰って来たんだと実感します」
キノコの芳醇な香りにナオミとルイジアナの顔が蕩けて、ゴブリン一郎の腹からギュルルルルと腹の虫が鳴った。
「頂きますです」
色んな具入りのおにぎりと、キノコ入り味噌汁が全員に行き渡って、全員が食べ始める。
ルディがお椀から立ち上がる湯気を嗅いで鼻孔を膨らませた後、味噌汁をゆっくり飲む。
すると、キノコから出る旨味が味噌と合わさって、口の中で幸福感が広がった。そして、箸でキノコを掴んで口に入れれば、新鮮な落葉キノコはなめこみたいなぬめりとコリッとした歯ごたえがあり、ルディはその食感を楽しんだ。
「コイツは最高です」
ルディが他の皆を見れば、味噌汁を飲んだ全員の顔がうっとりとしていた。
おにぎりを食べながら、落葉キノコを網の上に乗せて焼き始める。
味付けはシンプルに塩だけ。だけどキノコ自体が美味しいから、それで十分だった。
「これは大根おろしが欲しいですね」
「この間、サンマという魚と一緒に食べたあれか? 確かに合いそうだ」
ルディがぬめりがあるから大根おろしに和えたら美味そうだと呟くと、ナオミも同意して頷き返す。
「村ではフォレストバードの肉と一緒に塩のスープに入れてましたけど、お味噌汁の方が美味しいですね。確か大豆で作るんでしたっけ?」
珍しくルイジアナが「美味しいです」以外の感想を言ってから、ルディが前に作った玉ねぎ入り味噌汁のねこまんまを思い出して質問した。
「それと塩と麹が必要です」
「麹は聞いた事のない食材ですね」
麹を知らないルイジアナが首を傾げる。
「麹は食材じゃなくてカビですよ」
「……えっ?」
そうルディが言うと、ルイジアナはルディと味噌汁を交互に見比べた。
彼女の中ではカビを食べるという概念がなく、カビの生えた食べ物は腐っていて危険という認識だった。
「人間に善人と悪人が居るように、カビも良いカビと悪いカビが居るです。そして、良いカビは食い物を美味くするから大事にしやがれです」
そう説明するルディだが、ルイジアナはそんな事よりも彼の知識の深さに驚いていた。
「ルディ、その
「おっと、そいつは大変です。せっかくのキノコが焦げちまうです」
長くなりそうな話にナオミが声を掛けると、ルディが慌てて焼けたキノコを箸で掴んだ。
ちなみに、ナオミとゴブリン一郎は既に焼きキノコを食べており、その味を絶賛すると同時に、2人そろって焼酎が飲みたいと思っていた。
ルディが「あちちっ」と言いながら焼いた落葉キノコを食べる。
キノコを噛むと、ぬるっとした後で柔らかいコリっとした歯応えがあり、噛めば噛むほど甘いキノコ味が口の中に広がった。
「この森は良い森です」
「ありがとうございます」
ルディが落葉キノコの生息する雪の大森林を絶賛すると、ルイジアナは自分の事を褒められた気分になって彼にお礼を言った。
後片付けをドローンに任せてルディたちが休んでいると、ナオミが顔をしかめて首を傾げた。
「なあ、ルイ。この森はそんなに強い魔物が居ないんだったな」
「はい。私が居た頃はそうでした」
居た頃と言っても、今から50年前の話。ルイジアナも今の大森林について詳しくなかった。
「どうやらお前が居ない間に、森の生態が変わったらしい。そこそこ強そうなマナがこっちに近づいているぞ」
ナオミは肩を竦めると、北西の方を向いていた。
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