第173話 コーヒーの匂い
レインズとルネが部屋から去った後、ルイジアナが口を開いた。
「ソラリスさん。ルディ君と連絡を取りたいのですが、お願いできますか?」
「その必要はございません。既にルディはルイジアナ様がデッドフォレスト領に戻ってきた事を知っており、彼から明日の午前中にこちらへ来ると伺っております」
ソラリスの返答に、ルイジアナはナオミの家まで行く必要が無いことに安堵するが、どうやって自分の帰還を知ったのか不思議に思った。
「どうやって私の所在を?」
「仕様でございます」
「……?」
実際は惑星軌道上から監視衛星で確認したのだが、ソラリスはそれを言わずに何時もの言葉で胡麻化した。
「そうですか……分かりました。では、明日お持ちしています」
「はい」
「…………」
会話が続かない。ルイジアナは優秀なソラリスでも欠点を1つ挙げるなら、社交能力が皆無、いや、そもそも最初からする気がないところだと思った。
翌日。ルイジアナはソラリス専属の書記見習いの少年に呼ばれて行政執行室へ行くと、普段彼女が座っている椅子にルディが座っており、その隣にソラリスが控えていた。
「ルイちゃん、お久しぶりです」
ルディが前と変わらない挨拶をすると、ルイジアナの顔が綻んだ。
ちなみに、ルディとルイジアナが最後に会ったのは、ルディが前領主の不正書類を奪いに領都に向かう前まで遡るから、だいぶ前である。
「ルー君、元気でしたか?」
「元気にのんびりしてたです」
ルディが椅子から立ち上がってソファーに座り、彼に促されてルイジアナがその反対側に座る。
その間に、ソラリスはルディが持ってきたコーヒーを入れており、香ばしい香が部屋の中を漂い、ルイジアナの鼻孔をくすぐった。
「この匂いを嗅ぐと、ルー君と居る気がしますね」
「そーですか? 最近はししょーだけじゃなく、一郎もコーヒーにハマりやがったです」
ルディの言う通り、最初に騙されてコーヒーを飲んだゴブリン一郎は口に含むなり噴射したが、最近はコーヒーの美味さが分かったのか、自分で入れて飲むぐらいハマっている。
「それは見てみたいですね」
ルイジアナは、ゴブリンがコップを使って暖かい飲み物を飲む姿を想像出来ずに、手を口に当ててクスクスと笑った。
それから2人はソラリスの入れたコーヒーを飲んで談話していたが、そろそろ本題に入ろうと、ルディが顔を寄せて小声で話し始める。
「それで、例の件ですが……」
「はい」
例の件とは、ルディがエルフをエルダー人と言った事で、エルフの里に行って秘宝を取に行く約束をしており、その事はこの星の人間には秘密だった。
「何時ぐらいに行くですか?」
「そうですね…私は今すぐでも良いんですが、ルー君はどうですか?」
それを聞いてルディが驚いて目をしばたたかせる。
「ルイちゃん、旅から帰ってきたばかりですよ。少し休みやがれと思うです」
「でもルー君に早く秘宝を見せたいの。それがエルフ族の本懐です」
「そーなんですか?」
「はい!」
ルイジアナからそう言われて、ルディが腕を組んで考える。
(そこまで俺に渡したい物ってなんだろう?)
エルフの秘宝の正体が分からず、ルディは電子頭脳でソラリスに質問した。
『ソラリス。お前、この星に何か怪しい物でも持ってきたですか?』
『残念ですが、ビアンカ・フレアの時のデーターは全て消失しています』
『なんでそんな大事なデータなくすです』
『……ルディの命令ですが?』
『あっれぇ?』
ソラリスのツッコミに、ルディが首を傾げて当時を振り返る。
確かにルディは、ビアンカ・フレアで目覚めたソラリスが『なんでもお任せ春子さん』の筐体に移動する時、データが多くて無理という彼女に、人格データだけ移動して船の運用関係を全て破棄しろと命令していた。
『…………』
ソラリスが無言で威圧する。
『……そう言えばそうだったです。その、ごめん』
『謝っても消去したデータは戻って来ません』
ソラリスは事実を述べているだけだが、何故かルディの心に突き刺さった。
「ルー君?」
ルイジアナは2人が目の前でやり取りをしている事など知らず、動かなくなったルディに話し掛けると、彼はソラリスとの会話を止めて元に戻った。
「失礼しやがったです。ルイちゃんが直ぐにでも行きたいのは分かったですが、そもそもエルフの里ってどこにありやがるですか?」
ルディの質問にルイジアナが部屋を見回してからルディを手招きする。
どうやら、エルフの里は本当に誰にも知られたくないらしい。
「ローランドの北西、山脈を超えた先にノーザンランドという国があって、そこに雪の森という場所があります。そこがエルフの里がある森です」
「……遠いですね」
そうルディが言うと、ルイジアナが申し訳なさそうに頭を下げる。
「はい、ここからだと歩いて半年以上掛かります」
ルディが目を瞑ってナイキにアクセスし、この星の地図を左目のインプラントに表示させて場所を確認すると、ここから遠く離れた北西に大森林が存在していた。
「なるほど場所は分かったです。ルイちゃんは今すぐにでも行けるんですね」
「はい。この時期に行けば、ノーザンランドに着くころには春になるので、丁度良いかと」
ルイジアナの言う通り、ノーザンランドは緯度の高い場所にあるため気温が低く、冬に行くのは厳しい。
「往復1年、とてもじゃねえけど無理です」
ルディの返答にルイジアナががっくりするが、彼の話にはまだ続きがあった。
「だから、空飛んで行く決めたです」
ルディは1年近く旅するぐらいなら、ルイジアナに輸送機の件をばらした方がマシだと判断した。正体がバレる? そんな事よりも1年近く旅する方が面倒くせえ。
「……はい?」
話が分からずルイジアナが首を傾げた。
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