第125話 侵入計画
ナッシュは腹を空かせたルディたちに、豚の燻製肉と刻んだキャベツを挟んだ大麦パンのサンドイッチを作った。
それと、飲み物はエール。大事な話の前に酒を飲むのかと思うけど、彼らからしてみれば、これが普通。
何故なら、この時代では浄水場など存在せず、井戸水を直接飲むと腹を壊すため、必ず一度は沸騰させて飲む。
貴族であれば茶などを飲むが、茶葉は高級品で庶民には手が出せない。そこで平民はアルコール度数の低いエールを水の替わりに飲むのが一般的だった。
ルディが大麦パンのサンドイッチを食べると、小麦粉を半分ぐらい混ぜていたのか、パンはそれほど固くはなかった。
だけど、中に入っていた豚肉の燻製は臭みがあって、味もそれほど美味くなかった。
そして、エールを飲めば生温く、味自体にも雑味があり、ルディは何も言わなかったが、心の中で「まっずい酒だなぁ」と思っていた。
「なかなか良い酒だな」
そんなルディの考えなど知らずに、ウィートがエールを飲んで笑みを浮かべた。
「ありがとよ。デッドフォレスト領で一番美味い酒を造る教会から仕入れた酒だ」
「どうりで美味いわけだ」
ルディは2人の話から、酒の製造は教会が利権を握っていると知り、同時にナオミの家に来た客人の全員が、ルディの出した酒を飲んで美味いと騒ぎ、がぶ飲みしていた理由を理解した。
サンドイッチを食べてから、マイケルが村でレインズと話した内容をナッシュたちに伝えた。
その時に、ルディを奈落の魔女の弟子だと紹介したのだが、今の彼は顔は美しいけど、ボロボロの服装からみすぼらしい少年にしか見えず、ナッシュとキッカは疑う様な目でルディを観察していた。
「坊主、本当に奈落の魔女の弟子なのか?」
「そーですよ」
キッカの質問にルディが頷く。だけど、人の印象は8割方見た目で決まる。彼女はルディの返答を聞いても、疑いの目を向けたままだった。
「それで、この小僧が領主館に忍び込んで、脱税の証拠を盗みに行くのか……」
ナッシュがチラリとルディを見て顔をしかめる。
彼はルディが警備の厳しい館に侵入できるとは思っておらず、今回の計画は無茶だとため息交じりに頭を横に振った。
「駄目だ、許可できん。こんな坊主があの厳重な館に忍び込めるとは到底思えん」
「まあな。実は俺もそう思うんだが、レインズとタイラーがそう決めたから、俺は何も言えんよ」
マイケルもナッシュと同じ意見だったが、彼はレインズたちが決めた事にただ反対しないだけだった。
そして、キッカもルディに行かせて、もし捕まった時の事を考えると、とてもではないが賛成できなかった。
ちなみに、ウィートはどうでも良かったのか、お替わりしたエールを美味そうに飲んでいた。
そんな重い空気が店の中を漂う中、ハルからルディに連絡が入ってきた。
『マスター、荷物を店の脇に置きましたので、回収をお願いします』
『了解』
ハルの報告にルディが返事をする。
ルディは村に置いて来た自分の服と武器を家の裏の木箱に隠しており、その荷物をこっそり領都まで持って来させるよう、ハルに命令していた。
「ちょいと荷物を回収してくるです」
そう言ってルディが席を立つと、彼の行動を怪訝に思ったキッカが話し掛けてきた。
「何処に行くんだい?」
「すぐそこです」
全員が首を傾げる中、ルディは外に置いてあった荷物を持って戻ってくる。そして、店の隅で何時もの格好に着替え始めた。
「なあ、ルディ……その荷物は一体、何処から持ってきた?」
「ししょーが魔法で村から運んで来やがったです」
領都に来るときは持ってこなかった品々に、ウィートが当然の質問をすると、ルディは着替えながらさらっと嘘を吐いた。
「そ、そうか……」
この店に居る全員は魔法に詳しくなく、奈落の魔女なら離れた場所に荷物を運ぶ事など造作もないと勘違いした。
着替え終えたルディが席に座ると、その姿にキッカがピューと口笛を吹く。
「へぇ。坊や、中々格好良いじゃないか」
「元々格好良いですよ」
褒めるキッカにルディが冗談を言い返すと、それが面白かったのかキッカが笑った。
「マイケル。本当にレインズとタイラーはこの小僧を領主館に侵入させる許可を出したんだな?」
笑っているキッカとは逆に、ナッシュが真剣な表情でマイケルに質問する。
「ああ、そうだ。レインズに付き添っていた魔法使いが言うには、ルディの体にはマナがないらしい」
「マナがない?」
マイケルの話にナッシュがルディに視線を向ける。
「今の僕、マナねーです」
その通りだとルディも答えるが、その答えには説得力がない。
「魔法使いの話だと、マナが無ければ館に仕掛けられた探知魔道具が発動しないってさ」
「なるほど……だけど、魔道具以外にも衛兵が居るぞ」
そうナッシュが言うと、ずっと話を聞いていたウィートが手を上げた。
「あーそれなんだが、この小僧はどんな離れた場所からでも相手の動きを知る事が出来るぞ」
「なんだそりゃ?」
「俺だって知らん。だけど被害者の俺が言うんだから間違いない」
「まだ気にしていたですか?」
「末代まで気にしてやるよ」
ウィートは肩を竦めるルディに笑い返すが、その目は笑っていなかった。
「分かった。お前とレインズとタイラーの3人が大丈夫と言うのなら、俺は何も言わん。坊主、館の場所と執務室の場所を知ってるか?」
ナッシュの質問にルディが頷き返す。
「レインズさんから館の2階中央だと聞いてろです」
「そうだ。レインズが居た頃から変わってない。それで侵入するための道具は持っているのか?」
「道具ですか?」
ルディが首を傾げると、ナッシュが顔をしかめた。
「お前なぁ……忍び込むにも高い壁はあるし、館は当然鍵が閉まってるから開錠する必要があるだろ」
「それならだいじょーぶです」
そう言ってルディがナッシュに向かって頷いた。
「……本当か?」
「みんなには言えねーけど、秘密道具あるです」
「……分かった、信じよう。というか、信じるしかないんだけどな」
まだナッシュは疑っていたが、本人が大丈夫と言うのならもう信じるしかないと諦めた。
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