第92話 力の使い道

 レインズはそうめんを食べた後、ナオミの家のテラスで寛ぎ、回想に耽っていた。


 2週間前に王太子のクリスから突然、領土をやると言われて「は?」と首を傾げたが、その後で彼から詳しい話を聞かされて頭を抱えた。

 どうやら兄は国に規定額の税金を治めず、私腹を肥やしているらしい。


 確かに子供の頃から兄に対して思うところはあった。

 昔から自分勝手で差別意識が強く、平民は自分の物だと勘違いしており、親父が窘めても反省などせず、陰で俺や召使に対して暴力を振るった。

 俺が家から出ていった後も、親父が生きている間は大人しくしていたらしいが、親父が死んでからは領民の苦労など知ろうともせず、七公三民まで税金を上げて搾取しているらしい。そのせいで、いくつかの村が税金が払えず、奴隷として売られた。


 兄は金があれば何でも出来ると勘違いしている。

 確かに領地経営に金は必要だろう。だけど、その税金は自分の物ではなく、領民のために使うべきだが、兄は自分の私財を膨らますために多くの税を取り立てている。

 何故あそこまで強欲に囚われているのか、俺には理解できない。


 親父に言われて14で家を出て25年。

 11年間従者として修業を積んで25歳で騎士になり、27歳で王太子付きの近衛兵に取り立てられた。そして、32歳の若さで近衛騎士団の副団長まで昇進した。

 王太子のクリスと親友になったという幸運はあったけど、それでも周りから認められるだけの実力を手に入れたと自負している。

 俺は今の地位には満足しており、別に領主となって土地を持ちたいなど思っていなかった。


 だけど手に入れた力を何に使う?


 今も兄のせいで苦しんでいる領民が大勢いる。2人きりでクリスと今回の話をした後、近衛を辞めて領民を救ってくれと、王太子であるにも関わらず、俺なんかに頭を下げてくれた。

 だから俺は、ハルビニアのために、クリスのために、そして、苦しんでいる領民のために、兄を倒す!




 夕暮れになって、全ての結界の杭にマナを補充させたナオミたちが、家に帰ってきて、ソラリスが玄関で迎えた。


「おかえりなさいませ」

「ただいま」

「結構歩いたから、良い運動になったです」

「ギャギャ(出迎えご苦労)」


 ソラリスに挨拶した後、ルディたちはレインズたちが休んでいるテラスに近づいてきた。


「レインズさんも、ただいまです」

「ああ、お帰り」


 ルディがレインズたちに手を振ると、彼らも素直で可愛く見えるルディに騙されて、笑って手を振り返した。


「外で待たせて悪かったな」

「いや、突然来訪したこちらの方が迷惑を掛けているので、お気になさらずに」


 ルディの後から来たナオミにレインズが言い返すと、何故か彼女が顔をしかめた。


「なあ、そのご丁寧な言い方は何とかならんか? 聞いてると体が痒くなって仕方がない」

「そのとーり。もっと楽に話さないと、お互い仲良くならねーですよ」


 ナオミとルディから窘められて、レインズが肩を竦める。

 ハクとルイジアナを見れば、彼らも困った様子でレインズの対応を伺っていた。


「了解。俺の負けだ。後で口が悪いと言って文句を言うなよ」

「うむ。それで良い。家の中まで堅苦しいと息が詰まる」

「ですです」

「ギャ、グギャ(なあ、とっとと家に入ろうぜ)」


 レインズの言葉遣いが変わって、ナオミとルディが笑みを見せた。




「レインズさん」

「ん? 何かな?」


 突然ルディに話し掛けられて、レインズが首を傾げる。


「レインズさんたちと会ってから、ずっと気になっていた事があるのです」


 そう言ってルディがもじもじし始めた。


「別に怒らないから言ってごらん」

「じゃあ、言うです。おめえら臭いです」


 そうルディが言うと、レインズたちはぽかーんと口を開け、ナオミが爆笑した。


「あはははははっ! 確かに臭うな。だけど、彼らは長旅をしてきたんだから、仕方がないだろう」


 笑いながらナオミがツッコんでも、ルディは鼻を摘まんで顔をしかめたままだった。


「臭せえものは臭いです。今のレインズさんたち、一郎より臭いですよ」

「ギャ(呼んだ)?」

「ソラリス、風呂の準備は?」

「すでに用意しています」


 ソラリスの返答にルディが頷く。


「だったら風呂に入るです。エルダー人の姉さんは、後でししょーと一緒に入れです」

「エルダー人⁉」


 エルダー人と呼ばれたルイジアナがぎょっとして目を大きく広げた。


「ほら、とっとと行くですよ! 白髪のじーさんも一緒です」


 ルイジアナが驚いているのに気づかず、ルディはレインズとハクの腕を引っ張って、無理やり家の中へと引き摺った。


「おい、チョッ、待ってくれ!」

「おお儂もか? ぬぬ、抵抗出来ん。小さい体で何という強さだ」


 レインズとハクが抵抗しようともルディに無理やり引き摺られて、鍛えられた彼の力に驚いていた。


「一郎、風呂入るですよ」

「ギャギャー(飯まだかー)」


 ご飯だと勘違いしたゴブリン一郎が、ルディたちの後を追いかけていった。




 男3人が消えて、テラスに残されたナオミとルイジアナがお互いの顔を見る。

 笑っているナオミとは逆に、ルイジアナは困惑した表情を浮かべていた。


「奈落様」

「何だ?」

「あの少年はエルフと何か縁があるのでしょうか?」


 その質問に、ナオミが少々驚きつつもポーカーフェイスを浮かべた。


「なぜ、そう思った?」

「いや、何でもないです。今のは忘れてください」

「……?」


 口ごもってたルイジアナの様子にナオミが首を傾げる。

 しかし、ルイジアナは動揺しており、彼女が自分を見ている事に気づいていなかった。


(今、あの少年は私の事をエルダー人と言った。遥か昔、エルフがエルダー人と名乗っていたのを、何故あの少年が知ってるの? それに……)


 ルイジアナが聞いた口伝には、まだ続きがあった。


 『我々を忘れられた名前で呼ぶ人間に、エルフの秘宝を渡せ』


 彼女は今すぐルディから話を聞きたかったが、それは他の人間が居ない状況でしか尋ねることができず、その機会を待つことにした。

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