第61話 奈落の魔女

 報告に顔をしかめたルディが、衛星動画を送れとハルに命令する。

 送られた動画を見た瞬間、怒りに顔が歪んだ。

 動画にはアルフレッドの兵士たちが村人を虐殺しており、食料を奪っている様子が映っていた。


『なんてこった。自分のところの領民だぞ!』

『おそらく現地調達と士気の高揚が目的だと思われます』

『……低俗すぎる! 村には何人が暮らしていた?』

『正確には不明ですが、80人ほどが暮らしていました』

『彼らはどうなった?』

『兵士たちは村に入ると同時に奪略を開始。男性は子供を含めて全員が死亡。女性も12人を残して殺されており、生かされている女性は全員若く、一か所に集められて……』

『もういい! これ以上の報告は不要だ‼』


 ルディは我慢できず、テーブルを激しく叩いた。


『彼らを処分できますが、どうしますか?』


 ハルがドローンを送り込んで、アルフレッドを含む全員の殺害を提案する。

 その提案をルディは頭を左右に振って止めた。


『これは、俺が放置した結果か……』

『その考えはただの結果論です』

『……処分は待て、先に師匠へ報告する』

『その理由をお聞かせください』

『俺はまだ、この星ではイレギュラーな存在だ。感情で殺してしまえば俺はアイツらと同じ、ただの侵略者に成り下がる。……俺は神になるつもりなんてない。星の出来事は星の人間に任せよう』

『……私ではその判断が正しいかは分かりません。ですが、道徳の面からみれば正論でしょう。もし、彼らを処分するときはお呼びください』

『分かった』


 ハルとの通信を終えたルディは頭を掻き毟ると、立ち上がって部屋から出ていった。




 ルディは自室でスマホの情報片手に勉強していたナオミと、これから息子たちを引き連れて狩に出かけようとしていたカールを、地下のリビングルームに呼び寄せた。


「突然どうしたんだ? それに顔が怖いぞ」


 憤怒しているルディの様子に、ナオミが眉をひそめる。


「笑えねぇ状況だからです」

「もしや、ニーナの容態が悪くなったのか⁉」


 ルディが返答すると、カールが目を大きく見開いて迫った。


「ニーナの容態は順調ですよ。昨日からししょーの薬入れたら、なんかすげー回復しとるです」

「そ、そうか……」


 その返答に安堵したカールが安堵して席に着いた。


「本当はししょーにだけ相談考えたです。だけど、カールも当事者だから報告するですが、判断はししょー優先です」


 ナオミとカールが顔を見合わせる。これからルディが何を言うのかさっぱり分からず首を傾げた。


「ふむ……それじゃ何が起こったのか説明してもらおう」


 ナオミに催促されてルディが重い口を開いた。


「アルフレッド、500の兵士を引き連れて、こっち来たです」

「……なんだと?」

「本当か?」


 ルディの報告に、ナオミとカールが眉をひそめた。

 ルディは二人に証拠を見せようと、リビングの壁に付けられたモニターに、先ほどの村の惨劇を映した。


「ルディ君、これは何だ? 何故、壁に村の上からの絵が映って、しかも動いてるぞ」


 初めてモニターを見たカールが色々と質問する。


「詳しい説明なしです。だけど、これは10分前に起った本当の出来事です」

「そんなバカな、これが本当だったら、自分のところの領民だぞ‼」

「本当に馬鹿ですよ。男性は子供を含めて全員ぶっ殺されてるです。若い女性生かされているけど、性のはけ口にされているです」


 カールが激高して怒鳴る。それに追い打ちを掛けて、ルディが被害状況を話した。


「目的はアルフレッドが言っていた薬か?」

「そのとーりです。ししょーの作った薬、調べたら喉から手が出るほど効果すげーです。しかも、ししょーにしか作れねーです」

「……という事は、まさか、奈落を捕まえるのが目的なのか?」


 自分で言っても信じられないといった様子でカールが質問すると、ルディがその通りだと頷いた。


「信じられねぇ……最初に会った時から、馬鹿だと思っていたが、本当の馬鹿だった」


 カールが頭を左右に振って、本当に呆れていた。




「…………」


 ルディとカールが話している間、ナオミは一言も喋らずモニターを鬼の形相で睨んでいた。そして、深くため息を吐いてから重い口を開いた。


「人間とは愚かだな」

「…………」

「…………」


 その一言に、ルディとカールが黙って次の発言を待つ。


「3年だ……私が世間から消えてたった3年。その僅かな時間で私を忘れて歯向かうか。……本当に人間は愚かだな。ルディ、教えてくれてありがとう。そして何もしなかったことに感謝する。これは私が売られた喧嘩だ。私、自ら処分するのが妥当だろう」


 ナオミはそう言うと席から立ち上がって、部屋を出ようとする。


「ししょー殺るですか?」

「もちろんだ。だが手出しは不要だぞ」

「だったらエアロバイクで村まで送るです」

「それは助かる」

「待て、相手は500だぞ!」


 ルディがナオミの後を追うと、カールが慌てて呼び止めた。


「たったの500人だ」


 ナオミはそれだけ言ってリビングから出て行った。


「だから警告したんだ、奈落を怒らせるなと……」


 その後ろ姿を見送って、カールが頭を抱える。 

 彼は「500人を相手に戦うのか」と言ったのではなく、「500人も殺すのか」と言っていた。




 ナオミの家を出て1時間後。

 エアロバイクで移動したルディとナオミは、村が一望できる丘の上で隠れていた。

 ルディが左目のインプラントを望遠にして村の様子を伺う。

 村の外で歩いている村人の姿はおらず、多くの兵士がひしめき合っていた。

 村の端を見れば、兵士に殺された老若男女の死体が積み重っており、油を掛けられて燃やされていた。

 そして、村の中央を見れば、ニーナが泊まっていた宿屋の前で多くの兵が並んでいた。彼らは宿屋の中に監禁している女性が目当てで、順番待ちをしていた。


「……ひでえです」


 顔を青ざめ呟くルディにナオミが話し掛ける。


「今の領主は金のためなら何でもすると聞いている。私を捕らえる事ができれば、村の1つや2つ潰しても構わないとでも思ったのだろう」

「この星、人の命が軽すぎですよ」

「宇宙人のお前から見たら酷い光景なんだろうな。だけど、これがこの星の現実だ」

「…………」


 ナオミから現実を知らされて、ルディは何も言えず黙った。


「それじゃ、そろそろ始めるか。ルディは少し離れていろ」

「生きている村人、どうするですか?」


 ナオミに後ろからルディが声を掛ける。

 彼女が足を止めて振り返ると、その顔は寂し気な顔をしていた。


「勘違いするな。私は助けに来たのではない、殺しに来たんだ」


 邪魔な存在なら関係ない者でも巻き添えにして排除する。

 情け容赦ない彼女を、人は奈落の魔女と呼んだ。




 ナオミが両腕を大きく広げる。彼女を中心に風が吹き、周りの草木がざわめいた。近くに居た小動物が逃げ、木の枝から小鳥が慌てて飛び立つ。

 もし、ここにションが居たら、彼女を中心に渦を巻く大量のマナで気絶していただろう。


 ナオミが空を見上げると、地面から黒い魔法陣が現れた。

 魔法陣はナオミを包みながら宙に浮かび、彼女の頭上を越すと突然消えて、村の上空に拡大して再び現れた。


 これが師匠の本気?

 離れた場所からナオミの魔法を見ていたルディが、ゴクリと唾を飲んだ。


「闇の世界‼」


 ナオミが魔法を発動すると同時に、村の方から大勢の絶叫が聞こえてきた。

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