第204話 ルーカスと二人飲み


 ダンジョンから戻り、俺はルーカスを飲みに誘った。

 男同士のサシ飲みだ。


「つき合ってくれて、ありがとう」

「帰っても説教されるだけだ」


 一人の女性の顔が浮かぶ。

 偽りの顔だが。

 マレという名も偽りだ。


 説教という単語に二人の関係性が込められている。

 普段から上司に対して、歯に衣着せぬ物言いなのだろう。

 ルーカスはそれを嫌がらずに受け入れている。


「俺はまだボウタイの人間だからな」


 彼女ならギリギリまで彼にボウタイに留まるように説得するだろう。


「明日になったら、なにも言われない」


 若干の申し訳なさがこもっている。

 それでも、彼は三度目の人生を歩むと決めたのだ。

 今さら、その気持ちを翻したりはしない男だ。


「冒険者の先輩として教えて欲しい」

「俺は失敗した身だ」

「それなら、俺も一緒だ」

「…………」


 彼同様、俺も新しい人生を始めた。


「分かった。なんでも訊いてくれ」

「答えたくないなら、答えなくて良い」


 ルーカスはエールをゴクリと飲む。


「それで?」

「まずは巨石塔サード・ダンジョンについて、教えて欲しい」

「今日挑んだ上層部のように、サードの裏を俺も知らない。だが、表についてなら言える」


 俺の問いに、ルーカスはしばらくして考え込み、予想外の答えを返した。


「サードは簡単だ」

「簡単?」

「【2つ星】になれる冒険者は才能がある。まぐれでなれるものじゃない」


 彼の言う通りだと俺も思う。

 強いパーティーメンバーに恵まれれば、余程のことがなければ、ファーストはクリアできる。

 しかし、そのような者はセカンドでふるい落とされる。


「後は諦めずに鍛え続ければ良い。レベルを上げれば必ずクリアできる」


 簡単に言うが、それをできたのはここ数十年で三パーティーだけだ。

 いや、簡単なことだからこそ、難しいのだろう。


「人は成長してる思えるときは続けられる。だが、成長を感じられず停滞しているとき、モチベーションを維持するのが難しい」


 …………。

 その通りだ。

 『無窮の翼』もサードの第一五階層で停滞し――俺が追放された。


「それが出来るか、どうかだ」


 ズシリと心に響いた。

 俺は今、人生最高といえるほど、充実した楽しい日々を過ごしている。

 真の仲間に恵まれたこともあるが、急成長しているというのも大きな要因だ。


「今はいい。停滞したとき。それでも、心を持ち続けろ」


 いろいろな感情が複雑にからみ合った言葉だ。

 彼の一生が込められたように。


「俺たちもそれが出来なかった。自信は強さを与えてくれる。だが、それが折れたとき、踏ん張れ。出来なかった俺が偉そうに言える立場じゃないけどな」

「フォースはそんなに厳しいのか?」


 俺は一歩踏み込む。

 彼にとっては人生を変えた場所。

 答えたくないかもしれない。


「あそこは……悪意のかたまりだ」

「悪意?」


 昼間も同じようなことを言っていた。


「ダンジョンが悪意を持っている。俺たちはそれに呑まれた」

「…………」


 精霊王様の言葉を思い出す。

 千年前の精霊術使い、アヴァドン。

 彼は一人で五大ダンジョンを制覇した。

 最初から一人だったわけじゃない。

 最初はいた四人の仲間。

 皆、攻略途中で脱落したのだ。

 きっとそれはフォースだったに違いない。

 俺が想像していた以上に過酷なのだろう。


 だが、轍を踏まないように、精霊王様は俺の仲間に特別な力を与えてくれた。

 クリストフら四人のユニークジョブ。

 そして、シンシアの【聖誅乙女せいちゅうおとめ】。


「お前たちの信頼関係は俺たち以上だ。だが、ひとつ問題がある」

「それは?」

「ラーズとシンシアの仲が近すぎる。二人が特別な関係なのは分かる。だが、それが弱点にもなり得る。ステフ、そして、今後加わるであろうメンバー。まったく同じように接するのは難しいだろうが、パーティーメンバーは皆、対等であるべきだ」


 痛い所を突かれた。

 ステフとは出会い方がアレだった。

 そして、彼女の実力は俺とシンシア以下。

 彼女を下に見ていないといったら嘘になる。


「それは自覚していなかった。指摘してくれて助かった」

「不和の芽は早く摘め」

「……ああ」


 これまた痛い。

 現時点でそれを気づかせてもらったことに、感謝しても仕切れない。

 ルーカスは言うべきことは言い切ったかのように、残っていたエールをひと息で飲み干す。

 ちょうど区切りがいいところではあるが、まだ訊きたいことがある。

 俺もグラスを空にし、お代わりをふたつ頼む。


「今日の攻略で感じたことを教えて欲しい」

「持っている情報の中で最適解を導く能力――ラーズのそれはずば抜けている。『最果てへ』時代の俺より上だ」


 仲間をどうやって活かすか、俺は五年間ずっと考え続けていた。

 力押しになりがちな四人をどうやって連携させるか。

 その努力が彼に認められたのは嬉しく、自信になる。


「普通のパーティーだったら文句のつけようがない。ただ、このパーティー異常だ」


 他とは違うことは理解している。

 いや、違うというより、俺たちは特別だ。

 それだけの力を精霊王様から授かった。


 それはルーカスも理解している。

 それでも、彼はどこが気になったのだろうか。


「メンバーの成長が速すぎて、自分たちの能力を把握しきれていない」


 ドリアード戦でのルーカスの提案を思い出す。


「なにが出来て、なにが出来ないのか。それを一番知っているのは本人だ」


 余裕だからといって、その点がおざなりになっていたのは否めない。


「自分の強みはこれだと、自分の弱点はこれだと、正直に伝えられる雰囲気を作れ。それがリーダーとして大切な役目だ」


 ちょっと甘えていたようだ。

 ほんの少しの甘えかもしれない。

 だが、ルーカスが気づける甘えだ。


 その後も、ルーカスは大切なことをたくさん教えてくれた――。


「ずいぶんと話し込んでしまった」

「でも、助かったよ。こんな話してくれるとは思ってなかった」

「口数が少ないのはボウタイ時代のクセだ」


 秘匿情報を多く抱えるボウタイ。

 迂闊なことは話せないのだろう。


「だが、これからは振る舞い方を思い出さないとな。明日からもよろしく頼む」


 ルーカスは初めて、笑みを浮かべた。

 冒険者の笑顔だった。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


 第五章、完結です。

 おつき合いいただき、ありがとうございましたm(_ _)m


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