第153話 ローガン商会地下倉庫

 ローガン商会の本店。

 その地下は二階層になっていた。


 地下一階は普通の倉庫。

 長期間保管しても品質の落ちない物。

 日に当たると劣化する物。


 それらが薄暗い倉庫の中に、びっしりとつめ込まれている。

 在庫が作る壁を縫うように人ひとりが通れる狭さの道があるだけだ。

 その通路は何度も折れ曲がり、分岐し、行き止まる。


 まるで迷路だ。

 侵入者を拒む迷路だ。


 その迷路のゴールは地下二階へと降りる階段。

 半年前に作られた、秘密の階層。

 ローガンの弱みを握ったウィードの命令で作られた場所。


 そして、これから――前代未聞の悪事が行われる場所。


 地下二階を作ったのは流れのドワーフ建築士集団。

 彼らは金払いが良ければ、どんな要求にも応えてくれる。

 ローガンたちのような後ろ暗い顧客は絶えることがない。

 彼らは仕事にあぶれることはなく、街を転々とする。


 彼らはすでにこの街を離れている。

 地下二階の存在を知る者は、もうこの街にいない。

 当局にもバレていない、秘密の場所――ローガンはそう思って自分を安心させる。


 クラウゼが突入を指示する少し前――。


 二人の男が在庫の間を抜け、迷うことなく進んでいた。

 商会長のローガンと、首謀者のひとりウィードだ。

 いくつかの角を曲がったところで、ウィードが囁く。


「首尾はどうだ?」


 その問いかけに、暗闇からひとつの影が姿を表す。


「配備完了しています。鼠一匹通しませんよ」


 ウィードは頷き、歩みを再開する。

 ローガンはその背中を追いかけ、声をかける。


「なあ、本当に大丈夫なんだろうな?」

「心配ない。誰が来ようと、その前に終わらせる。その後は――地獄だ」


 ローガンが怯えた顔でゴクリとつばを飲み込む。


「貴様のことを気にかけてる余裕なんかない。悠々と逃げ出せばいい」

「そっ、そうか……」


 そう言われたからといって、安心できるわけでもなかったが、他になにができるでもない。

 ローガンは自分を信じこませて、後をついていく。


 この計画――世にもおぞましい計画だ。

 それが成功すれば、ウィードの言葉通り、この街は大混乱に陥るであろう。

 その隙をついて、ローガンはこの街を逃げ出すことになっている。


 彼の獲物候補がたくさんいるこの街を離れたくはないが、背に腹は代えられない。

 何匹かの愛玩少女(ペット)を連れ出すことで我慢する他ない。

 そして、ほとぼりが冷めるまで、どこかに身を隠すのだ。


 だが、それもすべて、この計画が上手くいったらの話だ。

 失敗したら、それこそ、一巻の終わりだ。

 そうならないように願うしかない。


 ローガンは震える足取りで、ウィードに従う。

 広い倉庫内をぐるぐると周り、ようやく地下二階への階段にたどり着く。

 階段前には10人ほどの冒険者崩れが待機していた。


 二人が近づくと、彼らはサッと両側に分かれる。

 皆、血走ったように目が赤い。


「誰も通すなよ」


 ウィードの言葉に男たちがうなずく。

 まるで言葉を失ったかのように、黙り込んだままだった。


 男たちが放つ殺気に肝を冷やしたまま、ローガンは歩みを進める。


 ――大丈夫だ。これだけ入り組んだ迷路だし、伏兵も潜ませている。


 誰が来ようと、そのまえに儀式は終わるだろう。

 そうやって、自分に言い聞かせながら――。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

次回――『商会強襲3』

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