試験とモモ級回復ポーション 4

(ちょっと待って、これ、本当に解かせる気ある?!)


 内心でパニックを起こす私の手元の用紙は、白紙。

文字通り、白紙。印刷も何もされていない、真っ白の紙。


(もしかして、ミス……?)


 印刷ミスであれば、変えてもらうしかない。

私はそっと手を挙げる。しかし。


「質問は受け付けない。各自、各々で考え解くように」


 取り付く島もなかった。


(どうしよう)


 悩んだ私は、意味もなく紙を浮かせる。

すると、紙の端で何かが浮かび上がったような気がした。


(ん?)


 もう一度、浮かせてみる。

すると、今度はうっすらと、その場所に文字が浮かんでいることに気が付いた。


(なんで? 浮かすことが条件? ……光?)


 持ち上げて、蛍光灯に透かし見る。

私の行動に飯沼さんは何も言わない。つまり、この行動はしても問題ないと解釈し、紙に浮かび上がってきた文字を見る。


(えっと、読める。集団で行動することが多く、その姿を見せずに攻撃を仕掛けてくる水生の魔物、サイレントテトラを可視化するには何を行えばいいか……。これ、講義でやってないよ?!)


 蛍光灯に透かすことで浮かび上がった文字は問題文のようだった。

どうしてこんな仕掛けにしているかは分からない。

けれど、浮かび上がったたった一問の問題は、そもそも講義で教えられていないもの。

 再び頭の中でパニックを起こす。回る言葉はどうしよう、そればかり。


(あ、待って。そういえば話には出ていなかったけど、教科書の中の低階層に住む魔物一覧に、サイレントテトラはあったはず)


 そのサイレントテトラは、しっかりと写真に写っていた。

牙の鋭い、ネオンテトラのような魔物。

あれが写っていた写真に、何か特別な所はなかっただろうか。


(……んん、だめだ、思い出せない!)

「残り時間、あと五分」


 飯沼さんの時間を刻む言葉は急かす言葉に聞こえ、私を焦らせる。


(……もし、ここでゼロ点だったとしても……。他でいい点を取れば合格できる……?)


 そんな考えが、ふと浮かぶ。

何かを書かなきゃ、と思うほどに筆は進まない。


(うんと近付いたら、何かが分かるなんてこともないだろうし)


 机に突っ伏す。

これ以上、何かに抗おうとする気も起きない。

 そんなあきらめの境地で、紙の上に突っ伏した私の鼻腔を擽るのは、魚の生臭いにおい。


(生臭っ)


 においに驚き、慌てて離れる。

そこで、ふと。


(なんでこの紙、こんなに魚臭いんだろう)


 魚臭いインクなんてあっただろうか。

百歩譲って、これがあぶり出しのインクだったとしても、あぶり出しはみかんを使うと聞いたことがある。

それは柑橘類の匂い。魚のにおいがするはずがない。


(もし。もしもだけれど)


 この試験の意図が、単純に講義で習ったものを丸暗記して解かせる。そんなものではないとしたら。

飯沼さんの態度が、ダンジョンに入った時の探索者としての態度だとしたら。


(魚のにおいのインクは、蛍光灯に透かして文字が浮かんだ)


 私はぱっと見、真っ白に見える紙に書き込んだ。

『蛍光灯の光を当てる』と。


「……時間だ。各自ペンを置け。回収に向かう」


 あちこちから響くのは、机の上にペンが転がる音。

それから、気の抜けたようなため息の数々。


 飯沼さんの足音が響く中、そういえば他の人の問題はどんなものだったのだろう。と、ふと気になった。


「十番」

「……あ、はい! すいません」


 影が差す。飯沼さんが私の回答を回収しに来た。

用紙を渡すと、彼はぴくりとも表情を動かさず、手元の紙に何事かを記入する。

それが終わると、すぐに後ろにいる陽夏の席に向かっていった。


(ぼーっとしてた)


 ちょっぴり心臓がドキドキ鳴っている。

やがてすべての回答を回収し終えた飯沼さんは、全員を見渡すように首を動かしている。


「この中の誰が生きて誰が死ぬかはまだ分からない。だが、常に危機感を持って注意深く行動すること。今回のテストのように、よく観察をし、機転を働かせること。その行動がキミたちの延命につながるだろうことを信じている」


 次の野営実習は中庭だ。遅れないように。

そう言って彼は部屋を後にする。

私は、彼が言ったことが、とても強く印象に残った。

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