疲労回復オレンジシロップ 19

「てか、やっぱあれウチには可愛すぎない?」


 陽夏のローブが包まれている最中、陽夏は私に耳打ちをする。


「全然。むしろ陽夏、白似合うよ」

「そっかぃ?」


 陽夏の肌は、健康的な小麦色に焼けている。

水泳が好きで、プールに通っているからかもしれないけど。

でもその色は陽夏の選んだ、灰色がかって上品な光沢のある、明るすぎない白色にはとてもよく似合っていると、そう感じた。


「しっかしなんか、疲れたわ」

「だね。帰り、家寄ってく?」

「別にいーけど、どした?」

「おねえちゃんがオレンジのシロップを作ってたの。疲労回復だって」

「わぁお、タイムリー。もらっていいん?」

「私がちゃんと買うよ。今日、私がご飯当番だけど、食べてく?」

「あー、夕飯まではいーや。うん、ちっと寄ってから帰る」

「分かった。後で電話しておくね」


 そんなことを言っている間に、陽夏のローブは可愛らしい紙袋に詰められてレジ台に鎮座している。


「お待たせいたしました」

「そんな待ってないしー。ありがとね」


 手早く会計を済ませ、陽夏は紙袋を受け取る。

それは杖の入った紙袋と並んで揺れる。


「ウチの買い物終わり! メグ、どっか寄りたいとこ、まだある?」

「私はいいかな」

「んじゃ、さっさと帰りますかぁ」


 陽夏は紙袋を肩に背負い、うんと伸びをする。

自動扉をくぐると、いつもと変わらない雑踏がそこにはあった。




「ただいまぁ」

「お邪魔しまっす」

「おかえり。早かったわね」


 家に帰るとすぐに姉が出迎えてくれる。

姉の肩越しにテーブルを覗くと、グラスが三つと、一本の瓶。

ラベルを張る前の状態のそれは、オレンジ色の透明な液体が揺らめいている。


「おねえちゃん、いくら?」

「千二百円。でも、別にいいのに」

「だって商品でしょ」


 お札を一枚と硬貨を二枚。

きっちりと姉の手に乗せる。

姉は困ったような笑みを浮かべながら、それを店の売り上げ用の金庫にしまいに行こうとする。

靴を乱雑に脱ぎ散らかし、私は車椅子を押した。


「ありがとう」

「どういたしまして」

「でも靴は片付けた方がいいわよ」

「はーい。ちょっと待ってて」


 押すのを一度止め、勝手口に向かうと、陽夏が自分の靴を綺麗に揃えて上がっていた。


「お、どしたん?」

「靴揃えに来た」

「怒られたか」

「ちょっとね」


 靴の踵を揃え、爪先を外に向けて置いておく。

きちんと揃った靴を見下ろして、再び姉のもとへと向かった。


「おねえちゃん、今日ご飯何を食べたい?」

「冷蔵庫にお肉があるの。集荷のお兄さんがおすそ分けでくれたのよ」

「おお、何肉?」

「オーク肉」


 いや、オーク肉をおすそ分けできる集荷のお兄さん、何者?


「この間作ったタレ、残ってたよね?」

「ええ」

「トンテキにするかぁ」


 ご飯残ってたかなぁ。なんて考えながら、金庫にお金を入れ終わった姉を連れ、台所へと戻る。

テーブルには既に、陽夏が座っていた。


「お待たせ―」

「おー」


 椅子に仰け反るようにしてもたれかかっている陽夏は、だるそうに片手を上げる。


「陽夏、随分元気ないけどどうしたの?」

「いんや……。ちっと安心できる空気に触れたら、一気に疲れが来た……」

「今日の買い物、店員さん濃かったもんねぇ」

「それもだけどさー。昨日、水泳で普段やっていないメニューをやったから……」

「よくそれで買い物行けたね」

「買い物は別腹っしょ」


 できればこのまま眠りてぇ……。なんてぼやきながら、陽夏は机に突っ伏した。


「やっぱ夕飯も食べてく?」

「いいってば……」

「オーク肉のトンテキの予定」

「うっ……。……家で夕飯作ってもらってんの」


 少し迷うそぶりを見せた陽夏だったけれど、ギリギリで先約を優先させた。

なら仕方がないと、私もそれ以上を言うことはやめることにした。


「ふたりとも。シロップは何で割る?」

「私、炭酸水がいいな。陽夏すごい疲れてるけど、おすすめの割り方、ある?」

「んー。原液だと、煮詰まっている分効果も高いけど……。でも甘すぎて飲みにくいと思うわ。炭酸水に、少し濃いめで割っておくわね」

「ありがとう、おねえちゃん」


 姉が冷蔵庫から出した無色透明の炭酸水は、グラスの中に入ったオレンジ色のシロップと混ざりあい、きらきらとオレンジ色に染まっていった。

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