疲労回復オレンジシロップ 18

「お待たせ」

「そんな待ってないぜぃ」

「ありがと。陽夏の装備、二階まで来たけど、どこで買うの?」


 陽夏は振り返り、にんまりと口角を上げる。


「実は一階なんよ」

「あ、まさか?」

「そのまさかさー」


 どっきり大成功。なんて言いながら、彼女は階段の方へ向かう。


「エレベーターじゃなくていいの?」

「エレベーター酔いしたぽい。今足元おぼつかない」

「え、大丈夫? 休まなくって平気?」

「ぜーんぜんおっけぃ。ただ、エレベーターは避けたいかね」

「分かった、階段にしよう」

「さんきゅー」


 そう言いながら、フロアを出て階段を下りる。

エレベーターやエスカレーターのような、華やかなフロアから離れたところに設置されているこの階段は、まるで隔離されたように静かだ。

私は陽夏が落ちてしまっても大丈夫なように、手すり側を陽夏に譲る。


「んなことしなくっても、ウチなら平気だって」

「そう? でもこれで歩かせてよ」

「しゃあないなぁ。てかここ、声めっちゃ響くくね?」

「響くね。足音もすごい響いてる」


 階段を下りいていくたび、ローファーの底が音を立てる。

かつーん、って。


「……わぁっ!!」

「うわぁっ?!」


 突然、陽夏が大声を上げる。

突拍子もない行動と、いきなりの大声に心臓が大きく跳ね上がる。

跳ねあがった心臓はすぐには元のように収まらず、しばらくバイクの駆動音のように鳴り響いている。


「なに、陽夏どうしたの?!」

「あっはははは!」


 いきなり大声を上げた陽夏は、今度はこれまた大きな声で笑い出した。

突然の奇行に、目を白黒させることしかできない。


「いやぁ、これだけ人がいなくて静かで音も響くってなったら、大声上げたくね?」

「私はすっごいびっくりしたよ……」

「めんごめんご」

「もーっ」


 ちょっとびっくりした腹いせに、陽夏の脇腹を小突く。

くすぐってぇしー。なんて言って、ふたりで笑い合った。


「お、一階到着」

「さっき、一番最初に見たお店だよね?」

「そーよ」


 陽夏は率先して店に向かっていく。

その後ろを着いて行くと、相も変わらず出迎えるのはATMと金融窓口の並び。

そのすぐ傍に目的のお店があるのだから、仕方ないと言えば仕方がない。


「いらっしゃいませ。あら? さっきの」

「いえーい。また来たぜぃ」

「いらっしゃいませ。無事に買い物パスの発行ができたようで、何よりです」


 店員さんは軽くお辞儀をし、すぐに顔を上げる。


「お求めの商品はございますか?」

「そこにあるローブが欲しいんだけど」

「あちらのものでございますね。少々お待ちください」


 彼女は手早く陽夏の指さすマネキンからローブを剥ぎ取り、目の前に持ってきた。


「こちらでよろしかったでしょうか?」


 そのローブは、薄々気付いてはいたけれど、やっぱり私が陽夏に似合うと言ったあのローブで。

陽夏は水色の刺繍の入った白いローブをしげしげと眺め、満足そうに頷いた。


「念のために試着していー?」

「もちろんです。どうぞ」


 店員さんは試着室へと陽夏を案内する。

開かれたカーテンの中に吸い込まれていった陽夏を見送ると、店員さんはこちらを振り向いた。


「お待ちの間、店内を見ていかれますか?」


 もちろんイエスと首を縦に振った。


 この店は盗賊装備アレシアのように、普通の洋服と称しても差し支えの無い装備は置いていない。

そのほとんどが鎧やローブと言った、これぞファンタジーと言って然るべきな装備ばかりが置いてある。

その代わり、ビキニアーマーと言っても、あの店を見た後であれば随分と健全な範囲の露出しかしていない、いわゆる常識的な範囲のものであると分かるし、キワモノは一切置いていない。

本当の意味で初心者向けの店であることが窺える。


「良いお買い物はできましたか?」


 声をかけられて、隣を見ると、店員さんが微笑んでいた。


「はい。おかげさまで」

「いいことでございます。それを聞くだけで、わたしたちも頑張れるというものです」


 彼女は本当に嬉しそうだった。

この仕事が、楽しいんだと傍目にもわかる。そんな態度だ。


「着れたんだけど。ちょっち見てー」

「少々お待ちください。それでは、失礼しますね」


 店員さんは更衣室の中からかかった陽夏の声に答え、小走りで向かう。

私も彼女の後ろに着いて行くと、カーテンを開け放った状態の陽夏が見えた。


「はい、はい……。ぴったりのサイズでございますね」

「マジ? ならこれ買うわ」

「ありがとうございます。すぐにお包みしますね」


 店員さんがそう言えば、陽夏はカーテンをまた閉める。

しばらくゴソゴソしている音を聞いていると、再び開かれる。

開かれた更衣室には普段見ている制服姿の陽夏が立っていて、その手には脱いだローブが握られている。


「お預かりいたします」


 陽夏からローブを受け取り、彼女はレジへ向かっていった。

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