疲労回復オレンジシロップ 8

 エレベーターを何回か乗り継ぎ、やって来たのは屋上に一番近い最上階。

ワンフロア丸ごと贅沢に使用されているそのオフィスの、受付前に私たちは立っていた。


「エレベーター長すぎ。何回移動させるよ、まったく」

「まあまあ。到着したんだからオッケーってことで」


 探索者協会は銀行のような作りになっていた。

番号札を発券する機械が三台。受付窓口が七箇所ほど。

それから、仕切りで区切られた商談スペースのような半個室エリアがあり、奥の方には掲示板のようなコルクボードがでかでかと貼り付けられている。

コルクボードの傍らにはタブレットのような機械があり、なんとも言えないミスマッチさを醸し出している。


 意外にも人の出入りはそれなりで、その人々も受付窓口よりも先にコルクボードの方へ向かっている。

コルクボードに貼りだされたメモ用紙のようなものを見て、タブレットに何かを打ち込んでいる。


「受付番号三番の方」

「あ、呼ばれた。行ってくるね」

「いってらー」


 そんな様子を興味深げに見ていれば、すぐに呼び出しがかかる。

三番と表示された受付窓口に行くと、仕切りの向こうにスーツを着た眼鏡の男性が座っている。


「本日はどのようなご用件ですか?」

「えっと、買い物パスの発行と……あの、探索者試験について聞きたいのですが」

「かしこまりました。まずは買い物パスの発行に伴い、適正職業証明書はお持ちでしょうか?」

「あ、はい! これです!」


 カバンの中からプリントを取り出すと、端が少しくしゃっとなっている。

受付の男性はそれを気にせず、背後に控えていた女性にプリントを渡して、二言、三言何かを伝えている。

やがて、女性は了承した、という風に頷き、デスクのたくさんあるスペースの方へと引っ込んでいった。


「さて、次は探索者試験について聞きたいとのことですが……何を聞きたいですか?」

「え、えっと……。探索者試験の受付や、必要なものと、あと、えーっと……」

「かしこりました。では、全体的なことをひとつずつ説明させていただきますね」

「ありがとうございます」


 意図を汲み取ってくれた男性に、素直に頭を下げる。

男性は、一枚のチラシを机の下から引っ張り出した。


「まず、これが探索者資格試験が行われる日付と会場です。資格試験自体は火曜日、水曜日、日曜日を除いて各都道府県で毎日行われますが、会場が日によって違うので注意をしてください」


 チラシに目を通す。この周辺が会場になるのは、今週の土曜日。明後日だ。

ちなみに今日試験が行われている会場は市をふたつ跨いだところ。遠い。


「そして必要なものですが、適正職業証明書、それと筆記用具を持ってきてください。また、使い慣れた武器や装備があるのなら、そちらも持ってくることをお勧めします」

「あの、武器の取り扱いについてはどうなりますか?」

「はい、そちらは購入店で購入時に説明されるので、その通りに保管して持ってきてください。例えば専用のケースに入れて持ち歩く、などがございます」

「分かりました」


 質問に間を置かず答えた男性は、タブレットを取り出した。


「よろしければ試験の受付をしていきますか?」

「します! お願いします!」


 思わず前のめりになってしまった私に、男性は苦笑した。

そのことを気恥ずかしく思いながら、タブレットに私の個人情報やジョブの記入をしていって、最後に直筆のサインを書いて終了。

受付の男性はなにか操作をした後、カードを一枚渡してきた。


「それは受付票の控えになります。当日、念のために持ってきてください」

「はい!」

「これで試験受付は終了になります。買い物パスの発行が終わり次第お呼びしますので、番号札をお持ちのまま、しばらくお待ちください」


 そう言って待合スペースに返された私は、同じ頃にやり取りの終わった陽夏と視線が合う。


「お疲れ陽夏」

「おつおつ。パスって発行に時間かかんのね。そいや、メグは試験受付した?」

「したよ。今週土曜日」

「おっ、同じ日ー。てか試験って何すんのかね?」

「さぁ……。でも専門の予備校とかないしさ、案外常識知ってれば受かるものだったりするかな?」

「それ、ありえるー」

「……でも、試験ってこんなに時間かかったっけ?」


 もらったチラシに書かれている試験時間は、朝の九時から夕方の五時まで。

昼食は支給されるため、弁当は不要。

また、探索者証明書の発行にはお金がかかるが、試験自体にお金はかからないのだとか。


「ま、詳しくは当日行けば分かるっしょ。試験は無料だし、落ちても対策して次受ければいいんだしさ」

「それもそっか」


 陽夏の言葉に気が楽になる。

再挑戦のできる試験。言ってしまえばそういうことだ。


「それよか、はやく買い物行きてー。パスの発行まだー?」


 陽夏が飽きてぐだぐだ言い始めた頃、受付から三番の方、と呼ばれた。


「呼ばれた」

「おー」

「じゃ、後でね」

「はいよー」


 短いやり取りをして、受付の窓口へ向かう。

先ほどと同じ受付の男性が、一枚のカードを見せてくる。


「これが買い物パスになります。これを使ってできる買い物にはいくつか制限があります」


 カードは銀行のキャッシュカードのような質感とサイズ。

黄色いそのカードには、『買い物パス』と、『盗賊シーフ』の二単語が印字されている。


「まず、累計で五十万円以上の買い物ができません。累計五十万円ですので、例えば今日五十万円分買ってしまいますと、もう買い物自体ができなくなってしまいますので、お気を付けてください」


 次に、と彼はカードに書かれた盗賊の文字を指さす。


「このカードでお買い物をする場合、ここに書かれている職業の専用装備と定められている武器や装備しか購入することができません。例えば剣士の人が弓を買うことはできませんし、長剣の方が扱いやすい盗賊の人がいたとしても、長剣を買うことはできません」

「え、ってことは、他の人のプレゼントにって考えても……」

「同じ職業でない限りは、その人に合うものを購入することはできません」

「なんてこった」


 分かりやすく机に伏せる私に、慌てたように受付の男性が声をかける。


「ですが、探索者証明書、あるいはダンジョン製品生産者証明書のどちらかを取得していれば、職業を超えて買い物をすることができますし、上限額も無くなります」


 私は思った。

早いところ、探索者試験に受かろう。と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る