第190話 地を這う聖獣

 苦労を強いられると思われた帝都までの移動は、エリスの超広範囲狙撃により順調なものとなっていた。

 一時はマインも気を張り詰めていたが、それも失せて今では欠伸をしている始末だ。


 俺たちは荒廃した大地の上に散乱している魔物たちの死体を避けながら進む。


 マインの案内で魔物が比較的少ないエリアを選んで進んでいる。それでもこれほどのたくさんの魔物を倒しているのには理由があった。

 エリスが持つ黒銃剣の発砲音だ。


 俺が使う黒弓と違って、遮蔽物の無い荒野には、銃声が予想以上轟いてしまう。そのため、音を聞きつけた魔物たちを呼び寄せていた。


 しかし、エリスは現状を熟知しているようで、疲れ一つ見せずに淡々と魔物を一掃していく。


「フェイ、帝都まではどのくらいですか?」

「記憶が確かなら、おそらく後半分くらい」

「そうですか……」


 ロキシーはそう言いながら、エリスをチラリと見た。


「思った以上に魔物を引き付け始めているな」

「ええ、私の魔力索敵でも感じます」

「と言ってもな……太古の魔物はしつこいから」


 蘇ってお腹が空いているのか。それとも他に理由があるのか。

 執拗に魔物たちは俺たちに襲いかかっているのだ。


「これだけ倒し続けているのに、異様です。普通の魔物ならこのようなことはありません」


 あれらに勝てないから逃げるという本能はないようだ。

 人間だ! 殺せ! という殺気を魔物の目から感じる。


「マインはどう思う?」

「来る敵は倒す。それだけ」


 なるほど……。元気なマインで何よりだ。

 俺たちに迫る魔力はないから、いいか。危険が迫っていないのだからな。

 いつの間にか、足元にいたスノウが服の袖を引っ張ってきた。


「来るよ」

「何が?」


 もう一度、魔力の気配を探る。何もいない。


「戦って!」


 スノウはそれだけ言うとロキシーに飛びついた。

 それと同時に足元の地面が吹き飛んだ。


「またかよ。足元が好きだな」


 スノウが危険を教えてくれていたこともあり、不意打ちは回避できた。


「こいつ……何だ!?」


 ほぼ透明で目を凝らせば、僅かな光の屈折により存在を把握できる。

 目で追うのも大変だ。加えて、やはり魔力を感じない。


「このぉっ!」


 黒剣を振るって斬りつけるが、素通りしてしまった。


「くっ」


 物理攻撃が効かないのか。それなら、斬り返しには炎弾魔法を付加してやる。

 刃が走るごとに炎を纏い出す。


「なっ!?」


 これも駄目だ。

 魔法攻撃も素通りだった。

 透明なそれは俺にスライムのように飛びかかろうとしている。


「フェイ、こちらへ」


 天使化して宙を舞うロキシーが俺に手を差し伸べてきた。

 間一髪、逃れることに成功する。


「助かったよ」

「相手を試すのはいいですけど、慎重にしてくださいね」

「今度から気をつけます」

「よろしい。しかし、困りましたね。あれは……スノウちゃんの記憶によると聖獣みたいです」

「物理・魔法攻撃が効かないなんてな。なんてやつだ」

「ちょっと待って下さい」


 今のロキシーはスノウと意識を共有している。

 おそらく、スノウから他の情報を得ているのだろう。


 地上では、マインとエリスが透明な敵に苦戦していた。

 攻撃は何をしても当たっていない。

 逆に敵の攻撃は有効のようだ。かすった服を溶かしていたからだ。


 それに対してマインがイライラしているように見えた。

 もしかして、攻撃する瞬間にだけ実体化しているのか?


 マインも同じことを考えていたようだ。

 敵の攻撃にタイミングを合わせて、カウンターを狙ったのだ。


 空を切る黒斧。

 地面に突き刺さり、巨大なクレーターを作っただけだった。


 透明な敵は突然収縮した。心臓のように全体を数度鼓動する。


「皆さん、すぐにそれから離れてくださいっ!!」


 ロキシーの大声で響き渡る。


 一瞬動きを止めた敵が、爆発するように体中から無数の触手を高速に発射した。

 それはマインやエリスだけでなく、空中にいる俺たちにも伸びてきた。


 ロキシーは四枚の翼を巧みに操り、回避していく。

 次から次へと、進路を塞ごうとしてくるが、縦横無尽に彼女は飛び回る。

 空中戦に慣れていない俺は目が回りそうになってしまうほどだ。


 地上でも同じようなことが起きていた。回避する二人。

 マインには余裕がある。しかしエリスは自身で支援系と言っていたこともあり、接近戦はマインには劣っている。


 あの触手に掴まれると、何が起こるのかわからない。


「フェイ、スノウちゃんからの追加情報です。あれは、聖獣ゾディアック・ジェミニ。二頭一対の聖獣だそうです。おそらく、今襲ってきているのは片割れだと思われます」

「倒し方は?」

「……残念ながら、知らないそうです」


 そうだろうな。同じ聖獣のよしみで、自分の弱点を教えるお人好しはいないだろう。


 二頭一対の聖獣か。今俺たちを襲ってきている片割れは、どうにもならない。

 でも、もう一方の片割れなら、どうだろう。


「もう一体を探しましょう」

「話が早くて助かる」


 どう探すかだ。もし、一方の片割れも同じ能力を持っているのなら、二体で攻撃してくるはず。


 そうしないのは、そうできないからかもしれない。

 マインには悪いけど、やはり暴食スキルに頼るしかない。聖獣を以前に喰らった感覚が今も残っている。


 その時の暴食スキルはいまだかつてなく満足していた。俺に暴走させることも忘れてだ。

 とてつもなく美味しかったんだろう。

 今ここに聖獣がまたいるぞ。喰いたくないのか?


 魔力察知よりも暴食スキルの嗅覚に頼る。

 感じる聖獣はそこにいるジェミニの片割れ、スノウ、ライブラ……ずっと離れたところに父さん……それに!?


「この方角は帝都だ。ジェミニの片割れは帝都にいる」

「本当ですか?」

「暴食スキルの嗅覚を信じればさ。それにあれは父さんが差し向けたのかもしれない」


 逃げ回っていた俺たちは、帝都とは逆の方向へと押し戻されていた。

 その状況による一瞬の焦りにより、僅かな隙が生まれてしまう。

 触手は見逃すことなく、俺たちの逃げ場を完全に塞ぐように伸びてきたのだ。


「ロキシー!」


 絶体絶命……かと思われたが、触手の動きが顔の目の前で止まってしまった。


「助かった」

「危なかったです。どうして、止まったのでしょう」

「たぶん操作範囲外みたいなものかも」


 地上でも同じことが起こっていたからだ。

 試しに手を少しでも近づけようとすると、触手は瞬時に反応した。


「これ以上、俺たちを帝都へ近づけさせないってことか」


 父さんに言われているような気がした。

 死にたくなければ、大人しく帰れと……。


「どうします? フェイ」


 あのジェミニの片割れはスライムのように触れるものを溶かす力があるみたいだ。

 昔戦ったオメガ・スライムなら、腐食魔法で消化に対抗できたが、今回の聖獣には魔法は効かない。


「帝都を目指すためには……」


 俺が考えられる方法は、これくらいしかない。


「二手に分かれる。片方はこのジェミニを引き付けておく。そして、もう片方は帝都へ行き、もう一体のジェミニを倒す」


 ロキシーと地上に降りる。二人が待っていた。

 話を聞いていたマインが頷く。


「それしか方法はなさそう。あれを引きつけるのは回避に長けたものがいい」

「なら、メンバーは決まりだな。マインとロキシーにあれを頼みたい」


 マインとロキシーは顔を見合わせる。

 二人の共闘は初めてだ。

 だが、彼女たちは俺よりもずっと武人だ。状況に合わせて臨機応変に戦えるはず。


「わかった。一緒に帝都へ行けないのは残念」

「無理をしないようにしてくださいね……って言っても無理なことは重々承知しています。でも無理をしてはいけません」


 少ない戦力を更に少なくするとは……。俺が組むのはエリスだ。


「いけるか?」

「問題ありません。必要なら私を捨て駒にしても構いません」


 感情のない彼女の声色は言葉とは反比例して軽かった。


「一つだけ命令させてもらっていいか?」

「はい、どうぞ。ライブラ様からあなたの命令を聞くように言われております」

「死なないこと。死のうとしないこと。俺はエリスを捨て駒と思わない」

「善処します」


 目の前には俺たちを阻むように、居座り続ける。

 聖獣ゾディアック・ジェミニの片割れは静かに佇んでいた。


「準備はいいか?」


 結局……楽な戦いなんてないか。喰らうしか俺にはできそうにない。


「ロキシーとマインはあれを東南へ誘導してくれ。エリスは黒銃剣で魔弾を打つことを帝都へ着くまで禁止だ。銃声でせっかく遠ざけたあれを呼んでしまう」


 自分の道は人頼みではなく、やっぱり自分で斬り開くしかない。

 ここまでそうやってきたんだ。


 久しぶりに、魔物を喰らいまくって暴食スキルの限界に挑戦だな。

 俺の中にいるもう一人の自分が、ニヤリと笑ったような気がした。

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