第187話 戦いに向けて

 わからなかった。

 自分の気持ちなのに、うまく言葉にできない。

 そんな俺をみかねたのか、ロキシーは微笑みながら話題を変えてくれた。


「まずは直近の問題をどうにかしないとですね」

「問題?」

「エリス様のことです」

「ああぁ……」


 エリスには申し訳ないが頭から抜けていた。

 ロキシーとの思い出話や、父さんのことで頭がいっぱいになってしまったから。


「あの首みたいな入れ墨を消す方法を見つけないとな。すべてが終わった後にライブラが解放してくれるとも限らないし」

「そうですね。なんだか、あの人からは嘘付きというか、本心で物事を話していない感じがします」

「俺も出会ったときから同じ印象さ」


 彼には父さんを止める以外の目的があるとしたら……。

 それに俺たち大罪スキル保持者を良くは思っていないはずだ。 やっぱり、すんなりとエリスを解放するとは思えない。


「そうなると、まずはケイロスにもう一度会わないと」

「たしか……フェイの前に暴食スキルを保持していた人ですね」

「ああ、ケイロスはここにいる」


 俺は自分の胸のあたりを指差してみせた。

 察しの良い彼女はすぐに答えを言ってみせる。


「暴食スキルの中にいるんですね」

「あの精神世界で彼はそう言っていた。俺が暴食スキルを今よりももっと扱えるようになれば……」


 言葉が止まってしまった俺にロキシーは不安そうな目を向けた。


「どうしたんですか?」

「それは……」

「ちゃんと話してくれますよね」

「うん」


 これから一緒に戦うのだ。彼女に隠し事をしていても仕方ない。

 するべきではない。

 俺は上着を脱いでみせた。


「ちょっと!! フェイ!?」


 いきなりの行動にわけが分からずに慌てるロキシーだったが……。

 背に生えたものが目に止まり、固まってしまった。


「黙っていてごめん」

「これは……翼のような」

「ロキシーの天使化のようなものとは違う。出来損ないの翼かな」

「いつからなんですか?」

「ハウゼンに着く前からかな」

「王都のときからなんですか!? でも滅びの砂漠の……あのお風呂のときは何もなかったはずです」


 スノウが男風呂と女風呂の壁を破壊したときか。

 確かにあのときにはこんなものは生えていなかった。


「翼が生えたのは、聖獣を喰らってからさ。それとは別に……王都でアーロンと戦った翌日から……あることが始まり……形を成して俺の前に現れるようになった」

「それって?」

「暴食スキルの精神世界で、もう一人の俺と出会ったんだ」

「えっ……」


 ロキシーは困惑していた。俺だってそうだ。

 暴食スキルが俺の姿をして精神を乗っ取ろうと、表層へ這い出してきたのか……。


「大丈夫なのですか? フェイ……」

「なんとか追い返したよ」


 撃退したときにあいつは言ったんだ。

 お前は俺のものだと……憎しみを込めるように睨みつけていた。


 その様があまりにも底知れない感情がこもっているようで、生きている人間のようだった。


 スキルがそこまでの感情を持ち合わせているのだろうか。


 違和感を覚えたがこれは俺の主観だ。いらぬことまで言ってロキシーを更に不安にさせてもいけない。


 彼女は俺の姿と話を聞いて考え込んでいた。


「暴食スキルが活性化しているということでしょうか?」

「たぶん……。出来損ない翼については父さんの血が半分、この体に流れているからかもしれないし。これは暴食スキルとは関係ないのかも」

「ディーンさんは……その聖獣人だったんですよね」

「今更になってこんな形になって現れるなんて。だけど、俺には父さんやスノウのような聖獣人の力はない。あるのはこの使えない翼だけさ」


 困ったものだ。

 脱いでいた上着を着込みながら、ため息を一つ。


「翼に関して大事はなさそうで安心しました。問題は活性化している暴食スキルですね。御するのは……」

「かなり厳しいかな」


 暴食スキルから守ってくれていたルナも、支えてくれたグリードもいない。

 俺だけで身の内に潜むこいつと向き合うしかない。

 ずっと頼ってばかりだったからな。


「フェイ……」

「なんとか頑張ってみるよ」


 ロキシーを安心させるためではなく、心から自分に言い聞かせた。

 暴食スキルの力は今以上に必要になってくるのだから。

 そのときにケイロスにまた会えるはずだ。


「まだ、このようなところにいたのですか?」


 話し込んでいて気が付かなかった。

 俺たちが振り返ると、そこにはエリスがいた。


「早くお休みください」


 そのままじっとエリスは俺たちを見つめていた。

 なるほど、部屋に戻るまで彼女もここにいるという意思表示だろう。


 従わなければ、エリスがライブラに何らかの罰を受ける可能性もある。たくさん話せたし、頃合いかもしれない。


「戻ろうか、ロキシー」

「はい」


 俺はエリスとすれ違いざまに声をかけた。


「もう少しの辛抱だから、待っていてくれ」

「……」


 言葉は返ってくることはなかった。

 だけど、首輪のような入れ墨が僅かに赤く輝いた。

 ロキシーもそれを見ていたようだ。


「もしかして、私たちの声はエリス様に届いているのかもしれません」


 エリスもまた俺たちと同じように抗って、頑張っている。

 滅びの砂漠での約束……。いつもは飄々としているくせに、ライブラの影に怯え続けていた。そんな彼女の顔が頭から離れなくなる。


 らしくない澄まし顔がそれを際立たせた。

 エリスを残したまま俺たちは甲板を後にした。


 部屋に戻ると、マインが幸せそうな顔をして爆睡していた。


「この……大物感は、さすがマインだな」

「ふふふっ、彼女らしいです」


 ロキシーは備え付けてあった毛布を取り出して、マインに優しくかけてあげる。


「彼女はフェイが大好きみたいですね」

「なっ! 急にどうしたんだ?」

「このところ、マインさんと一緒にいることが多かったから」


 たしかに、マインはロキシーに料理を色々と教わっていた。

 そして、俺は彼女が作ったものを食す役目を担っていた。マインの料理の腕はまだまだ発展途上。過酷な命をかけた戦いとなっている。


「いつになったら、上達するんだか」


 そんな事を言うと、ロキシーに叱られてしまった。


「マインさんはずっと味覚がなかったんですよ。すぐにはとても難しいです。それでも、フェイが食べてくれるのを嬉しそうにしているんですよ」

「それを言われてしまうと……」


 マインは以前のような人形のような無表情から、少しずつ変わり始めている。

 俺は寝ている彼女の横に座り、そっと頭を撫でた。


「今回も力を貸してくれて、ありがとうな。いつもマインの世話になってばかりだ」

「そんなことはない」


 パッチリ目を開けたマイン。


「起きていたのかよ……」

「当たり前。ここは敵の中。寝ていても、いつでも起きれるようにしている」

「また器用なことを」

「それはフェイトの修行が足りないから。必要なら今する?」

「無理無理っ」

「冗談」


 狼狽えているとマインに笑われてしまった。

 以前ではなかった表情の一つだ。


「私にも今回のことは責任がある。扉を閉じるために協力は惜しまない。それに……フェイトと一緒がいい」

「マイン……」


 彼女がいてくれたら、これほど力強いことはない。

 今のガリアは蘇った古代の魔物たちが跋扈しているはず。


 過去の知識のあるマインの助力は攻略の肝となるだろう。いつもならグリードに助けられていた部分だった。


「じぃぃぃぃっ……」


 マインに感謝していると、鋭い視線が突き刺さる。

 恐る恐るそちらを見ると、ロキシーが目を細めていた。


「いいのですけど。最近、フェイはマインさんと近くないですか。いいのですけどね」


 顔は良しと言っていないように見えるのだが……。

 マインはお構いなしに起き上がると、欠伸をしながら向きを変えて俺の膝の上に頭を預けた。


「小さなことは気にしない。私も気にしないから大丈夫」

「むむむむっ」


 なんだろうか。

 彼女たちの背後に、ドラゴンと虎が見えるような気がする。

 目の錯覚か!? そうだといいな。


 そんな中、どこかに行っていたスノウも部屋に戻ってきた。


「みんな、もういる!」


 ドアを破壊せずにちゃんと開けられるようになったようで何よりだ。感情が高ぶると、E の領域の力がいい加減になってしまう癖があるからな。


「私も混ぜて!」

「やめてくれ、更にややこしくなるから」

「嫌っ!」


 皆が強者揃い。

 部屋はシッチャカメッチャカになってしまう。


 自然と笑いが溢れてくる自分に気が付く。彼女たちのおかげで、ライブラに会ってから張り詰めていた緊張が和らいでいくのを感じた。

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