第186話 懐かしの日々

 甲板は空の上だというのにそれほど風は強くなかった。

 なかなかのスピードで進んでいるというのに。

 ロキシーもそれを感じているようだった。


「飛空艇……不思議な船ですね。先程はライブラと話していて気が付きませんでした」

「俺たちの知っている船って、水の上を浮かぶものだからな」

「そうですね。私たちにはまだまだ知らないことがいっぱいですね」

「ロキシーは翼で空が飛べるようになったし」

「あの翼はスノウちゃんのおかげです。私の力ではないです」


 彼女は少しだけ苦笑いして、ガリアがある地平線に目を向けていた。

 今のロキシーに翼はない。


 スノウとの融合時間はあまり長くはない。


 ここへ来る前に解けてしまっていた。スノウは俺たちについてくることはなく、飛空艇を散策すると言って走り出してしまった。


 ここはライブラの所有物。安易に探りをいれるのは良くないと止めたのだが……。

 自由奔放なスノウだ。

 人の言うことを聞くわけがなかった。

 俺たちの制止を物ともせず、どこかに行ってしまった。


「スノウちゃんのことを心配しているのですか?」

「ああ……だけど、あの性格だからな」

「ふふふっ、元気ですよね」

「無謀とも言う。ここは敵陣だぞ」

「そう言ったら、私たちだってそうですよ」


 二人だけでのんきに甲板にいる。


「あの子は強いですよ。それに、彼女と私は繋がっているんです。何かあれば、すぐにわかります」


 繋がりか……遠く離れていても感じられるとは……。

 俺もアーロンとは大罪スキルを通して繋がっている。


 それにより俺が強くなれば、彼も影響が出てしまっていた。

 形は違えど、ロキシーがいう感覚に似たようなものは俺にもある。


 なんとなくだが、アーロンが王都セイファートで元気にしていると感じるのだ。

 だから、王都では彼の地への扉による影響は大きく出ていないはず。


 俺にはその予測があるから落ち着いていられる。でも、ロキシーはどうなんだろう。

 王都にはメイソン様やアイシャ様、大事な使用人たちがいる。

 彼の地への扉が開かれた今、至るところで死んだはずの魔物たちが蘇る脅威が差し迫っている。


 彼女は俺がガリアとは反対の方角を見ていたことに気がついたようだった。


「王都なら大丈夫です。父様がいます。それに白騎士様たちやアーロン様だっています。心配などしたら、失礼です」

「ロキシー……」


 彼女はニッコリと俺に微笑んで言う。


「でも、これから赴く天空の大陸……ガリアに、私は少し緊張しているのかもしれません。だから、少しだけ……フェイとお話したかったみたいです」


 はにかみながらロキシーは続ける。


「幼い子供のころは自分の世界は、とても小さくて、自分にとって好意的な人たちに囲まれていて、幸せに包まれて……でも、ハート領だけでのお話。私に聖剣技スキルが宿っていることがわかると、世界は一変してしまいました」

「聖騎士として?」

「はい。母上にはそのスキルがなかった。私が聖剣技スキルを持つことは半分半分だったようです。父上は跡取りができたと大変喜んだようです。そして、聖騎士としての修行を行うため、王都へ行くことになりました」


 俺との旅でも日々鍛錬を怠らなかった。おそらく、そのときに並々ならぬ努力をしたのだろうと容易に想像できる。


「父上は大きく期待をしてくれたようですが、私は不安でいっぱいでした。知らない土地、馴染めない聖騎士の世界。田舎暮らしの私には慣れないことばかりで、落ち込んでいたんです。ついにお城の大事なパーティーから抜け出してしまったんです」

「意外だ……」

「私だって、そんなときもありますよ」


 頬を膨らませたロキシーに指先で、軽く鼻を弾かれてしまった。

 でも、まあ……息抜きしたくなるのはわかる。

 俺も、アーロンとお城に出入りするようになってから、聖騎士の世界を垣間見えた。

 お世辞にも楽しい時間とは言えなかった。


 聖騎士のほとんどがとてもプライドが高く、伝統ある家ばかりで、新しい議題を上げても、彼らの利権を侵すために採決されないのだ。


 しかも、俺などは年齢が若いと言うだけで、話すら聞いてもらえない。

 結局、女王陛下であるエリスのパワープレイに頼るしかない状況だった。


「あれは酷いよな……同じ立場になってよくわかるよ」

「でしょ! フェイにはこれから先頭に立って頑張ってもらわないと! そのためにもしっかりと勉強しましょうね」

「ええええっ!」


 俺のタジタジな状況に満足したロキシーは空を見上げる。


「フェイはあのときから変わらないですね。いつも目の前のことに精一杯頑張っています。そばで見ていると危なっかしいですけど。そして、忘れっぽいのが玉に瑕です」

「ん? えっ、俺……何か忘れているのかな」

「六年前……私はフェイと会っているんですよ」

「本当に!!」


 全く記憶にありません。

 いや、でも……ロキシーの様子を見るに、そんなことないようだ。 思い出せ、俺! 思い出すんだ!!


 頭をぐるぐるとフル回転するが……。


「まったくもう……まあ、フェイらしいですけど」


 呆れられてしまった……かも。


「それほど、いろいろなことをたくさんしてきたんでしょうね。私とのこともそのたくさんの中の一つに過ぎないのかも……」

「そんなことは……」

「お城を抜け出して、落ち込んでいる私をフェイが元気づけてくれたのですよ」


 ロキシーを元気づけた!?

 なら絶対に覚えているはず。なんで思い出せないんだ……と思っている俺にロキシーが言う。


「その時は、領民たちから送られた服を着ていましたから、フェイは私のことをお城に務める使用人と勘違いしていましたけど」

「ん!?」


 それをきっかけにしておぼろげに記憶が蘇ってきた。

 確か……お城の門から少し離れた辺りで浮かない顔して座り込んでいる女の子を見つけて、どうしたんだろうと思って話しかけたような。


「待って! そのときには、お城に務める使用人だってその子は言っていたよ。勘違いはしていない」

「うっ……バレてしまいましたか。しかし、思い出してきたようですね」


 はっきりと顔は思い出せないけど、状況は蘇ってきた。

 まさか、使用人だと思っていた子が、聖騎士だったとは夢にも思うまい。だから、今までイコールで紐づくことはなかった。


「あのときは嘘をついて、ごめんなさい」

「なんで、嘘をついたの……あっ、そうか……」


 自分で聞いておいて、理由はすぐにわかった。


「私が聖騎士だったら、フェイは怯えてしまうから」

「そうだったね。俺は王都へ来たばかりで、聖騎士を怖がっていたっけ」

「はい。そんなフェイに私は聖騎士です。なんて言えません。それに私はそのことで悩んでいたわけですから」


 幼いロキシーの横に座って、聖騎士にだと知らずに偉そうなことを言ったような気がする……。


「落ち込んでいる私にフェイは話を聞いてくれて元気づけてくれたんですよ」

「あのときは気の利いた言葉を言えなくて、ごめん」

「そんなことはないです。大変なときにただ側に居てくれるだけですごいことです。それは言葉で替えることではないです。口先と行動は別物ですから」


 俺も王都へ来たばかりで一緒だなって話になって、ロキシーのふるさとについて聞いた。


 それから俺のことも聞かれたな。そのときは暴食スキルが腹が減るだけの変なスキルだと思っていた。故郷の村人に気味の悪いスキルだと思われてしまい、追放だ。

 俺以上に碌でもないやつはいないだろうから、君はもっと望みがあるよ……なんて言ってしまったような。


 そして挙句の果てには、彼女から食べ物を分けてもらったんだっけ。


 あのときにおかしいと気がつくべきだった。入ったばかりの使用人がパーティーの食べ物を持ってこられるわけがないのだ。


「あれから、数年後フェイのことを見つけて、機会をあれば話しかけていたのに……。いつも逃げられていました」

「すみません。でも、何かに付けて目をかけてくれていた謎が解けたよ」

「ふふふっ、よかった。私もやっと話せてよかったです。他の人から見れば、何気ないことと思われるかもしれません。それでも、私にとっては思い出深いことなんです」


 ロキシーは再び、ガリア大陸がある方角に目を向けながら言う。


「あのときのフェイは、父親であるディーンさんを大好きな父さんと言っていました。今もそうなのですか?」

「それは……」


 俺はしばらく何も言えずに、ロキシーと同じ方向に目を向けていた。

 父さんがいるという場所にだ。

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