第173話 追憶の回廊
ケイロスが元気の良い声で、重苦しいムードを変えられないかと模索しているようだ。彼は言動が荒いが、いい人だと思う。
「すまないな。フェイト、いきなり巻き込んでしまって」
そう言いながら、ケイロスは歩きながら俺の肩に手を回してきた。
「これから、とある施設に潜入する。内通者から、このタイミングしかないと連絡が来てな」
「それはいいんですけど、俺なんかを信用して良いんですか?」
ぽっと出のどこの誰かなんてわからない人間をだ。
「こういうことは時間をかければ、かけるほど良いってわけじゃないさ」
「なら、どういうことですか?」
「少なくとも目的が近ければいいんだよ。お前はこのガリアに興味がある。施設に潜入すると聞いて、目の色が変わったからな。それだけで俺としては十分だ」
「安直すぎませんか?」
「そうか? 俺はこれでここまでやってきたぞ。自分にとって、信用できる人間ばかりなら、それは素晴らしいことさ。だが、そんなに都合のいい話はなかなかお目にかかれなかったな」
ケイロスは俺から離れて、後ろを歩くマインにも声をかける。
「スロースを返してやったんだから、約束は守ってもらうぞ」
「わかった。それを果たしたら、私のすきにさせてもらう」
マインは手元に戻った黒斧をケイロスに向けて言った。
「おいおい、もしかして再戦するつもりか?」
「もちろん。あなたの首を持って帰る」
「無駄なことを……」
空を見上げながら、ケイロスは溜息をついた。
そして、すぐにその気持ちを笑い飛ばすように言う。
「いいぜ。次はお前の気が済むまで付き合ってやるよ。まっ、勝つのは俺だけどな」
「次は負けない」
マインは淡々とした口調で、ケイロスを殺すなんて言っている。
俺は不穏な二人に板挟みされて居心地がとても悪い。
宣言された当の本人はやれるものならやってみろと言わんばかりだった。
彼女も変なところで律儀過ぎるな。ここで約束を破って、戦えば良いものを。
まあ、俺がよく知っているマインらしさだ。
思わず笑ってしまうと、
「何が可笑しい?」
物凄い気迫で睨まれてしまった。さすが、憤怒スキル保持者だ。
気がついたら、バビロンを旅立った頃の重い空気は消えていた。これはケイロスの気配りのおかげだろう。
三人の様子をずっと見守っていたグリードが警鐘を鳴らす。
「お前ら、仲良しごっこはもう終わりにしろ。敵が来たぞ。」
「さすがはグリード様だな」
「おべんちゃらはいい。ケイロス……無理をするなよ」
目の前に広がるのは魔物の大群。数体の機天使も混ざっているようだった。
ケイロスが説明では、定期的に帝都から放たれるものらしい。
「目的地までの準備運動と行こうか。フェイト、マインはいけるか?」
「「もちろん」」
俺はケイロスから借りた大剣を構える。
この武器では耐久性に不安が残る。だが、いつも使っていた大罪武器は、ケイロスの手にある。そんな中で、俺の力になんとか耐えられた武器は、この大剣しかなかったわけだ。
嫌な緊張が俺の中を駆け抜けていく。
グリード無しの戦いがまさか……ここまで不安だとは……。
今まで彼に頼りっきりになっていたことを痛感してしまう。
「殲滅するぞ。進軍を許すと、あれらはバビロンに達する」
黒剣を鞘から引き抜いたケイロスは、素早く形状を黒弓に変えた。
そして、自身のステータスを与えて、黒弓を成長させていく。
流れるような自然な動きで、静かに《ブラッディターミガン》を放った。
「なっ!?」
俺とは威力の桁が違う。彼の様子からは多量のステータスを捧げているようには見えない。
つまり、俺はまだグリードを扱えていないというのか。
半分を消し飛ばしたケイロスに暴食スキルの余韻は感じられない。
「くぅっ~! やっぱり一気喰いはうまいな。ブラッディターミガンはこれができるから、いいんだよな」
「調子に乗るな! まだ半分残っているぞ」
「はいはい、グリードは心配症だな」
「チッ」
先制攻撃が功を奏す。あれだけの威力を持つ攻撃を放ったのだ。
群れは乱れて四散し始めた。
「さあ、チャンス到来だ!」
駆け出すケイロスに俺たちも続く。
俺には試したいことがあったから丁度いい。ここでは俺の暴食スキルが発動するのかを知りたかった。
まずは手頃な魔物からだ。
俺はオークの首を跳ねる。
倒れ込んで、確実に仕留めている。だが、聞き慣れたステータス上昇を知らせる声は、いつまで経っても俺に届くことはなかった。
目に見える魔物を手当り次第、倒していく。それでも同じだった。
そして、経験値|(スフィア)を得て、レベルが上がることもなかった。
まあ、当たり前だよな。ここは現実世界ではないのだ。
「フェイト、何を立ち止まっている。考え事なら、終わってからにしろ」
俺に注意するケイロスは機天使を仕留めていた。
マインを見れば、これまた相変わらずといったところか。
彼女にとっては準備運動にもならないみたいだ。
地平線を埋め尽くすほどいたにも関わらず、またたく間に一掃していった。
「よしっ、これで終わりだ。フェイトもマインもご苦労さま」
見たことのない魔物の頭を切り落として、ケイロスは俺たちを褒めてきた。
「これは……なんていう魔物ですか?」
「さあな。どうせ、新種だろ。最近、こういった魔物が混ざっているんだ。結構強いぜ」
そのあと彼は「今のところは」と付け加える。
「新種たちを初めて見たときは、オークくらいの強さだった。今ではあの出来損ないの機天使くらいだな」
「それってまずくないですか?」
「俺としては美味しいね。暴食スキル持ちにとっては、強ければ強いほどごちそうだろ?」
「はぁ……」
返答に困ってしまう。
ケイロスはそんなことなどお構いなしに、もうひと暴れしたいなんて言っていた。
本当に彼は暴食スキル保持者なのだろうか?
そう思えてしまうほど、ケイロスは倒した対象の魂を喰らうことに抵抗がなかった。
「さてと、もうすぐ歩けば、見えてくるはずだ」
彼らの歩く速度は、普通の人の速度ではない。
ガリアの奥へかなり入っていく。
感覚的に緑の渓谷がある場所くらいだろうか。ここではそのような場所はなかった。
あるのは、黒く聳える研究施設だ。
規模は大きい。ハウゼンの地下に眠っていた都市レベルだ。
もう施設なんて呼んでいいのかを迷ってしまうほど巨大だった。
「これに潜入するんですか?」
「そうだぞ」
またあっけらかんと言う人だな。ケイロスは緊張感というものをどこかに忘れてしまっているようだ。
俺は目線を移してマインを見た。
一番の問題は彼女だろう。隠密行動はとてもできないと思う。
正面門を壊して、立ち入りそうだし。実際に一緒に旅をしていた頃はそんな感じだった。
不安そうに見ていたことを気づかれてしまって、ムッとした顔をされてしまう。
「あなたよりも、うまくできる」
「本当に? コソコソするのは苦手そうに見えるよ」
「これでも、ケイロスを殺すための暗殺者だった」
マインは胸を張って言う。
横目で、ケイロスを見ると苦笑いしていた。
察するに、きっと正面から仕掛けていったのだろう。それとも、隠密行動がバレバレだったのかもしれない。
「まあ、静かにしていればいいさ。段取りがすでにできている。お前たちは、静かにしていてくれさえすればいい」
彼は俺とマインの顔を順々に見ていく。
「返事は!」
「「はい」」
「よしっ、良い返事だ。さあ、こっちだ」
ケイロスの案内で、研究施設に侵入を試みるために歩き出す。
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